←↑→ とんでも?仮説(6) キリストは日本で死んだ?

『誰々は○○で実は死んでない』という類の説は、既に取り上げた源義経・
明智光秀だけに留まらず、多数あって枚挙のいとまがありません。また、
日本ユダヤ同祖論系の仮説も多数あっていちいち挙げていられません。が、
その中でも代表的なこの「キリストは日本で死んだ」仮説をとりあげておき
ましょう。

多分日本中に「ここがキリストの墓だ」という所は幾つもあるのではないか
と思うのですが、恐らく最も有名なのが青森県の戸来(へらい)村(現・新郷村)
でしょう。この「戸来」はヘブライから来たもので、当地のお祭りで使われる
はやしことば「ナニャドヤラー」というのもヘブライ語で「聖前に主を讃えよ」
という意味だというのが主たる話です。また当地では父親のことをアヤ、母親
のことをアパというそうですが、これはアダム・エヴァがなまったものでは
ないかとのこと。現在新郷村には「キリストの墓」という案内板が堂々と出て
います。そこにある古いお墓は村の旧家・沢口家が管理しているものですが、
この沢口家の家紋が十字であるという符合もあります。

新郷村の位置ですが、八戸方面から十和田湖に行く途中にあります。伝説?に
よれば、キリストは若い頃日本に渡ってきて、この付近の高原で瞑想をしたり
して修行し、やがてまたイスラエルに戻った。そして迫害されますが、弟の
イスキリという人が身代わりになって磔になり、キリスト自身は再び日本に
やってきて、現地の女性と結婚。106歳まで生きたといいます。そして沢口家
というのはこのキリストの子孫だ、というわけです。

さて、種明かしをしてしまいますと、この一連の話は実は昭和10年にこの地
をふらりと訪れた竹内巨麿が唐突に言い出した話です。村でもそんな降って
湧いた話にびっくり仰天したというのが真実で、実際問題として「キリスト
の墓」などといった案内板にしても、村おこし的な感覚で出しているにすぎ
ません。村では一度この問題の「お墓」の下を掘ってみようかという話も出
たのですが、何も出なかったらヤバイということになり計画は中止になった
とのこと。

なお上記は主として、私が新郷村のご近所の三戸出身の父から聞いた話を
ベースに書きました。




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