世界の神話(27) 三宝荒神と竃神

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竃(かまど)の神の由来には奇妙な物語があります。

ある所に東長者と西長者がいました。二人は大変仲がよく一緒に釣りに出た りしていましたが、ある時潮待ちして休んでいた時、東長者は寄木を枕に眠 ってしまったのですが、西長者が眠れないでいますと海の中から竜宮の神様 が出てきました。「寄木の者、寄木の者、東長者と西長者の所に子供が生ま れましたから位を付けに行きましょう」と声を掛けます。すると寄木が「私 は今人間の枕にされていて行けません。私の代わりに行って来てもらえませ んか」と答えました。

竜宮の神様はしばらくして戻ってきて「東長者の子供は女の子で塩一升の位、 西長者の子供は男の子で竹一本の位を付けて来ました」と言いました。寄木 が「塩一升は付けすぎではありませんか?」と言うと、竜宮の神様は「いえ。
あの子はそれほどの生まれをしています」と言いました。

西長者は神様たちの会話を聞いて、自分の子供は竹一本にされたが、これは 今の内に何とかしておかねばと思い、東長者を揺り起こしました。「東の旦 那。私は今夢を見ました。あなたの家でも私の家でも子供が生まれたようで す。帰りましょう」そして帰る道々「ねえ、東の旦那。あなたの家に生まれ た子供が女の子で私の家に生まれた子供が男の子だったら、あなたの子供を うちに嫁に下さいませんか。そしてあなたの家に生まれた子供が男の子で私 の家に生まれた子供が女の子だったら私の子供をお嫁にもらって下さいよ」
と相談しました。東の長者も「いいですね」というので二人は約束して家に 帰りました。

さて、家に帰ってみると神様たちの言った通り、東長者の所には女の子が、 西長者の所には男の子が生まれていました。二人の子供は大事に育てられ、 18になった時約束通り結婚しました。二人はしばらく幸せに暮らしていま したが五月の麦の収穫祭「あらまち」の日、妻が麦の飯を炊いて神様にも供 え、夫にも「一俵の麦を一斗になるまでつき、一斗の麦は一升になるまでつ いた麦です。今日はあらまちの祝いですから、これを食べてくださいね」と 言って出すと、夫は「俺は米の飯しか食ったことない。麦飯など食えるか」
と言ってお膳をひっくり返してしまいました。

妻はそれを見て「私はここで暮らしをすることはできません。この家はあな たのお父さんが下さった家ですから、あなたの自由にして下さい。私は出て 行きます」と言い、夫がひっくり返した茶碗を拾い、こぼれた麦飯を一粒残 らず集めて、家を出て行きました。

家を出た所で二人の神様が話をしていました。「麦の奴さえも蹴飛ばされる とはな。我々もこの家に残っていると何されるかわからん。大北の炭焼五郎 は心も美しく働き者だというからそこへ行こう」と語っていましたので、女 はよい話を聞いたと思い、炭焼五郎を訪ねて行きました。

女が炭焼五郎の家で一晩の宿を乞うと、五郎は「ここはきたない家だから、 向こうの大きな家に行った方がいいよ」と言います。しかし女が「こんなに 暗くなってしまってはとても歩けません。雨だれの下でもいいですから泊め てください」と言いますと、五郎も女を中に入れてくれました。

家に入ると五郎は炒米のお茶を出してくれました。女は持ってきた麦飯の御 飯を半分五郎にあげました。五郎も有難がって、一緒に食べました。すると 女は「どうか私を嫁にしてください」と言いました。五郎はびっくりして、 「貴女のような立派な方を嫁にしたらバチが当りますよ」と言いますが「そ んなことはありません。私のかつての望みですからお願いします」と言うと 五郎も承知して二人は夫婦になりました。

それから五郎が炭を焼きますと、しばしば炭の中に黄金が入っていました。
そのため二人はあっという間に長者になりました。

さて、女房に出て行かれた竹一本の男の方はどんどん貧乏になり、竹細工を 売って歩く身分になっていました。ある時男が炭焼長者の家を訪ねて来ると、 男はもう女の顔を忘れていましたが、女は覚えていて男の売る竹細工を普通 の値段の倍で買ってやりました。

男は「物の値段の分からない馬鹿な女がいるな。大儲けしてやれ」と大きな 竹の篭を作って持っていきました。すると女はその男と別れた時の茶碗を出 して見せてやりました。男はそれを見て恥じ入り、そのまま死んでしまいま した。

女はそれを哀れみ、家の竃の下に埋めてやりました。そうして「お前には何 もしてやれませんが麦の御飯だけはこの竃で炊いて供えてあげますから、好 き嫌い言わずに食べてくださいよ」と言いました。男は心を改め、竃を守る 神様になったといいます。

この物語は全国各地に伝わっているようで多少の変種があるようですが上記 のものの細部は鹿児島県のものを参考にしました。

竈の神は一般には男神とされる地方が多く、ひょっとこ(火男)もその一種 の変形とされますが、子沢山の女神なので家庭を守ってくれるのだとする地 方もあります。また田の神とは別神とみなされることが多いですが、同じ神 様だという説も一部の地方にはあります。また竈の神と雪隠(せっちん=便所) の神は兄弟であるとも言われます。

竈の神は普通三宝荒神(さんぽうこうじん)と同じ神であるとされ、三宝荒 神は竈神の別名であると考える人が多いのですが、無関係の神であるという 説もあります。さて、その三宝荒神なのですが、これがまた正体不明の神です。

国語辞典などを引くとよく「三宝荒神の三宝とは仏法僧のことである」など と書いてあるのですが、確かに仏教で仏法僧を三宝とは言いますが、それが なぜ竈の神様に関して出てこなければならないのかこの説では分かりません。
むしろ「三宝」は本来「三方」であって三人の神様をまとめて指しているの だという説の方が自然に感じられます。

この三神が誰かということについてまた幾つか説があるようですが、日蓮の 御義口伝では「飢渇の神・貪欲の神・障礙の神で、三毒即ち三徳となる」と しています。この口伝では又三宝荒神は十羅刹女である、とも述べています。

一方民間伝承として、古事記の大国主神の話の後ろに次のような記述がある ことに注目して、三宝荒神とは大年神・奥津彦神・奥津媛神の三神であると いう説があります。

その大年神...(中略)...天知迦流美豆比売を娶して生みし子は、奥津日子 神、次に奥津比売命またの名は大戸比売神。こは諸人のもち拝く竈の神なり。

なお、この大年神自体については須佐之男神の話の後ろで説明されており、 次のような記述になっています。

(須佐之男の神が)また大山津見神の娘名は神大市比売を娶して生みし子 は大年神、次に宇迦之御魂神。二柱。

つまり、この大年神は穀神として知られ稲荷の神と同体とされる宇迦之御魂 神(うかのみたまのかみ)と兄弟で大年神自身も穀神と考えられています。
大山津見神は山幸彦の母木花咲夜姫の父ですので、大年神は山幸彦と従兄弟 ということになり、この説を取ると三宝荒神は非常に由緒正しい神というこ とになります。

三宝荒神に関してはもう一つ伝弘法大師説というのがあります。それによる と「三」は仏教の「三昧」から来たもので、三宝荒神の本体は文殊菩薩であ るとします。そして、「大空三昧の風に無相法身の用を磨く」として、心い らだつ時は荒神となり、心静かなる時は如来となるとします。

三宝荒神の本地仏については、この文殊菩薩説以外に不動明王説、火聖歓喜 天説があるようです。いづれにしても火に関連の深い神であり、それゆえ竈 の神と同一視されるようになったとも考えられ、火の神であるが故に不浄の ものを浄化する神、そして厄除けの神と考えられるようになっていったよう です。

(1999-06-12)
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