世界の神話(21) 海幸彦・山幸彦

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天照大神の孫の邇邇芸命は天から高千穂の峰に降りてきて、そこで大山祇神の 娘・木花咲夜姫と結婚し、火照命(ほてりのみこと)・火須勢理命(ほすせり のみこと)・火遠理命(ほをりのみこと)という3人の子供が産まれました。
この火照命は海幸彦としてさまざまな魚を採り、火遠理命は山幸彦としていろ いろな獣を採っていました。

ある時山幸彦は兄の海幸彦に「一度お互いの道具を交換して仕事をしてみまし ょうよ」と言いますが、兄は許しません。しかし何度も言う内にやっと承知し てくれて、海幸彦が狩りの道具を持って山に、山幸彦が釣りの道具を持って海 に出掛けました。

ところがやはり二人とも馴れぬことをしたので、どちらも全く獲物を得ること ができませんでした。それどころか山幸彦は兄の釣針をなくしてしまいます。
夕方家に帰って来てからそのことを言うと海幸彦は怒って、釣針を返せ、と言 います。そこで山幸彦は自分の剣を割って500本の釣針を作って返しますが、 「あの釣針でないと駄目だ」と言います。更に1000本作っても、兄の言葉 は変りませんでした。

困ってしまった山幸彦が海辺に行き、途方にくれて海を眺めていますと塩椎神 (潮流の神様)が「どうしたんですか」と声を掛けて来ました。そこで山幸彦 が事情を話すと「それでは私の言う通りにしてご覧なさい」と塩椎神は山幸彦 に次のような助言をしてくれました。「ここから舟に乗って潮に流されるまま ずっと行きなさい。私が貴方を導きましょう。やがて宮殿が見えてきます。そ こは綿津見の神の宮殿です。そこの入り口の近くの泉のそばに1本の木があり ます。そこに登って待っていなさい」と。

さて、山幸彦が言われた通りにすると本当に宮殿が見えて来ました。そこで山 幸彦は舟を降り、泉のそばの木に登りました。やがて宮殿の門から一人の女が 出て来ました。女は水を汲みに来たようでしたが、泉の水面に映った山幸彦の 姿を見てびっくりして見上げます。山幸彦は「水を一杯くださいませんか」と 言いましたので、女が容器に汲んで渡しますと、山幸彦は自分の持っていた珠 を口に含んでから容器に吐き入れますと、珠は容器から離れなくなってしまい ました。

女は不思議に思い、容器をそのまま自分がお仕えしている姫様、豊玉姫の所に 持っていきました。豊玉姫がどうしたことかと聞きますと女は「入り口の泉の 木の上にそれはたいそう立派な男の方がおられます。水を所望なさったので差 し上げましたら、この珠を容器に入れられました。すると取れなくなってしま ったのです」と答えました。豊玉姫は興味を持って自ら入り口まで出て、木の 上の山幸彦を見ました。そして一目で好きになってしまい、にっこり微笑みま すと、山幸彦も微笑み返しました。

そこで豊玉姫は父の綿津見の神の所へ行き、宮殿の前に立派な男の方がいるん ですよ。中に入って頂いていいですか、と許しを求めます。そこで綿津見の神 も出て行って木の上を見ますと「これは天の神の御子ではありませんか。どう ぞお入り下さい」と中へ招き入れ丁重にもてなし、立派なご馳走を差し上げま した。そして山幸彦と豊玉姫は結婚し、三年の月日が流れました。

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さて幸せな日々にすっかり自分がここへ来た用事を忘れてしまっていた山幸彦 ですが、ある時突然、釣針のことを思い出しました。そこでそのことを豊玉姫 に相談しますと、父の綿津見の神が魚たちに大集合を掛け、心当たりのある者 はいないか、と尋ねました。すると何匹からの魚たちが「近頃赤鯛が喉に骨が ささって痛いと申しております。もしかしたらそれではないでしょうか」と言 いました。そこで赤鯛が呼ばれ、喉を探ったところ、思った通り釣針が出て来 ました。

綿津見の神はこの釣針をきれいに洗ってから山幸彦に返し、「婿殿はこれから 地上にお帰りになるでしょうが、釣針を兄上殿に返す時に『この釣針は憂鬱に なる針、いらいらする針、貧しくなる針、愚かになる針』と言ってお返しなさ い。それからこれをお持ちなさい」と言って潮満珠と潮干珠を渡し、「お兄さ んが高い所に田を作ったら貴方は低い所に田を作りなさい。お兄さんが低い所 に田を作ったら貴方は高い所に田を作りなさい」と助言しました。そうしてワ ニに命じて、山幸彦を岸辺まで届けさせました。

さて山幸彦が言われた通りにして釣針を返し言われた通りの田の作り方をしま すと、山幸彦の田には水がよく来て作物が実りますが、海幸彦の田には水が来 なかったり多すぎたりして全然収穫できません。だんだん海幸彦は貧しくなり 心も荒れて来ました。そしてとうとう爆発して、山幸彦の所へ攻めて来ようと しましたので、山幸彦はもらった潮満珠を出して「潮満ちよ」と言いました。
するとたちまち水があふれて海幸彦はおぼれてしまいます。「助けてくれぇ」
と言う声に山幸彦が潮干珠を出して「潮干け」と言いますと、さっと水は引い て海幸彦は助かりました。しかしそれでもまた攻めて来ようとするのでまた潮 満珠を使います。するとまたおぼれて惨めな様子ですので、潮干珠で水を引か せます。これを何度か繰り返すと、兄もどうやら弟には海の神の守護がついて いるということが分かり、大人しくなって、これから後はお前の言うことを聞 くようにしようと言いました。

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さて、そうこうする内に豊玉姫が夫を追って地上にやって来ました。そして言 うには「実はあなたの子供が出来たんですよ」と言うので、山幸彦は喜んで、 豊玉姫のために産屋を建てました。ところがあんまりしっかりしたのを作ろう としていたために屋根を完全に葺き終えない内に姫は臨月になり、子供が生ま れてしまいました。そこで、この生まれた男の子を鵜葺屋葺不合命(うがや・ ふきあえずのみこと)と言います。

ところで、このお産の時豊玉姫が「女はお産の時には本来の姿になってしまい ます。恥ずかしいので絶対中を見ないでくださいね」と言ったのですが、我が 子を一目でも早く見たい山幸彦は我慢仕切れずに産屋の中をのぞいてしまいま した。するとそこにはお産に苦しむ大きなワニの姿がありました。

豊玉姫はこれを恥ずかしがり「見ないでと言ったのに」と言い残して、子供を 置いたまま綿津見の神の所に帰ってしまいました。しかし豊玉姫はどうしても 夫のことが忘れられず、子供のことも気になるので、妹の玉依姫に「あの子を 育てに行ってくれないか」と頼み、あわせて夫への歌を託しました。

赤玉は 緒さえ光れど 白玉の 君が装いし 貴くありけり

これに山幸彦が返歌をして

沖つ鳥 鴨著く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに

と歌いました。山幸彦(火遠理命,或は天津日高日子穂々出見命)は高千穂の 山の西にある高千穂の宮で580年間暮らしました。
  ~~~~ なお、玉依姫は自分が育てた鵜葺屋葺不合命と後に結婚します。

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この海幸彦・山幸彦の話はこれまでの古事記の物語から一転して南洋風の色彩 豊かな物語となります。そして古事記はこの物語をもって神話の時代を終わっ ています。

山幸彦と豊玉姫が住んだ場所とされているのは、宮崎県の青島神宮です。ここ は日南海岸国定公園の北の端にあり、宮崎の市街地から15kmの近くにあり ます。鬼の洗濯板などが有名で多くの観光客が押し寄せています。拝殿に参っ たら少しだけ島の奥へ足を進めてみましょう。すぐの所に本宮があります。

息子の鵜葺屋葺不合命の宮は、そこから更に南に20kmほど行った所にある 鵜戸神宮です。青島の方は目の前にどんと島がある感じですが、鵜戸神宮は車 をおりてからかなり歩いて行きまして、実際に神社のある場所は凄まじい場所 です。よくまぁこんな場所に神社を作ったものだという感じで、修験道の道場 だったものと思われます。ここには素焼きの皿を海岸の岩に向って投げる占い というのがありまして、見事その岩に当れば願い事がかなうとされています。
一応男性は左手で、女性は右手で投げて下さいとのこと。私もやりましたが、 まるで届きませんね(^_^;

山幸彦が海の宮に行き海の神の娘と結婚するというモチーフは浦島太郎の話と 似たパターンであるとして、この話はしばしば浦島太郎の原型の一つと考えら れています。その思考で行くと、山幸彦が浦島太郎に相当する訳ですが、どこ で混乱が生じたのか、一般には鵜戸神宮の鵜葺屋葺不合命が浦島太郎で、青島 神宮の方はそのお母さんを祭っているのだ、とする信仰があるようです。

迩迩芸命が降りて来た高千穂ですが、ここで高千穂というのが2ヶ所あること を御存知でしょうか。ひとつは宮崎県北部の高千穂町で、もうひとつは宮崎県 南部の高千穂峰です。高千穂町の方には天岩戸があり、天岩戸神社が建ってい て近くに迩迩芸命が降りて来た地とされる串触神社があります(高千穂神社と いうのもありますが、これは明治時代に改称したもので元の名前は十社大明神 です)。岩戸神楽で有名な所ですね。

高千穂峰の方は霧島連峰の一部で、迩迩芸命が地上に第一歩をしるした時に立 てたという「天の逆鉾」(あめのさかほこ)があります。山を降りた所にある 霧島神宮は迩迩芸命を祀る神社です。

実際の天孫降臨の地が一体どちらの高千穂なのか、としばしば問題にされるの ですが、両方見た知人の弁は「絶対南側の方だと思う」でした。北の方も神秘 的な香りはするのだが、南の高千穂は、まさに神々の地という感じであったと いうのです。また位置的に考えても、北の高千穂から青島・鵜戸はほとんど南 ですが、南の高千穂からならちょうど西にあたります。そこで私も今のところ 南側の方に気持ちが傾いています。

宮崎県は非常に古い遺跡の宝庫でもあります。有名な所では宮崎市の北方西都 市にある巨大な西戸原古墳群などがあり、ここにかつてかなり大きな勢力を持 つ王国があったことを確信させてくれます。

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ところで咲夜姫が産んだ三人の子供の中で真ん中の火須勢理命は全く名前が出 てきません。これを河合隼雄氏は「日本神話の中空構造」と呼んでいます。河 合氏は古事記の神話の中には三度にわたってこの中空構造が出てきているとし ます。すなわち

1.天御中主神 高産巣日神 神産巣日神  天御中主神は出てこない 2.天照大神  月読神   須佐之男神  月読神は出てこない 3.火照命   火須勢理命 火遠理命   火須勢理命は出てこない

これは日本神話が対立する二つの存在の調整を取るために無為の存在を置いて バランスを取っているのではないか、と河合氏は指摘します。数学的に見ても 3という数字は力関係の集合の中で安定したリーダーを作る数字ですのでこの 指摘はなかなか面白いように思います。

(1999-05-19)
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