return 蛍の光
スコットランド民謡で、麦畑と並んで有名なのはこの曲でしょう。「蛍の光」。
日本では卒業式の歌として普及しましたが、元々は行く年を偲び新年を迎える
時に歌う歌で、最近はその本来の歌われ方もするようになってきています。

原題は「Auld lang syne」。このタイトルがまた丸ごとスコットランド方言で
イングランドの言葉に直しますと「Old long since」。つまり昔々ということ
ですから「Long long ago」とほぼ同題の曲ということになります。音楽の教
科書などでは一般にスコットランド民謡とされているようですが、その問題に
ついてはあとで述べます。

  Auld lang syne            遠い昔の日々

Should auld acquaintance be forgot,  古き友は忘れられて
And never brought to mind?       二度と心に戻らないものだろうか?
Should auld acquaintance be forgot,  古き友は忘れられて
And days of auld lang syne?      遠い昔の出来事になってしまうだけなのか?

※auld = old, forgot = forgotten

For auld lang syne, my dear,      遠い昔の日々よ、ああ友
For auld lang syne,          遠い昔の日々よ
We'll take a cup o' kindness yet,   今からでも友情の杯をあげよう
For auld lang syne.          遠い昔の日々の為に

※ o' = of

We twa hae paidl'd in the burn,    俺達は二人して焼け野原を歩き回った
Frae morning sun till dine;            朝日が昇ってからお昼まで
But seas between us braid hae roar'd, しかし二人の間には轟く海が横たわった
Sin' auld lang syne.          その遠い昔の日々の後に

※twa=two, hae=have, paidle=paddled???  frae=from braid=brayed??? 
 sin'=since?

(For auld lang syne 以下繰り返し)

We twa hae run about the braes,    俺達は二人して丘を走り回って
An' pou'd the gowans fine;       花なんかつんだっけ
We've wander'd mony a weary foot,   あの頃は疲れるまで歩き回った
Sin' auld lang syne.          その遠い昔の日々

※an'=and  pou'd=?????   gowan=daisy  mony=many  

(For auld lang syne 以下繰り返し)

And here's a hand, my trusty fere,   さあここに手がある、真の友よ
And gi'es a hand o' thine;       そして君の手も頂こう
We'll tak' a right gude willie waught, そして今日はじゃんじゃん飲もうではないか
For auld lang syne.          あの遠い昔の日々の為に

※gi'es=gives gude=good waught=amount

(For auld lang syne 以下繰り返し)

And surely ye'll be your pint stoup,  そして君はあっという間にバケツ程飲んで
And surely I'll be mine,        俺もそれと同じくらい飲んでしまうだろうが
We'll take a cup of kindness yet,   更に乾杯の為に飲むことはできる
For auld lang syne.          あの遠い昔の日々の為に

(For auld lang syne 以下繰り返し)

歌詞の内容はこの通り小さい頃友達だった二人が久しぶりに再会して、兎に角
飲めや飲めやで、更にどんどん飲むぞ、という詩になっています(^_^) 景気が
いいですね(^^) これが「蛍の光」では蛍雪の功になってしまっていますから、
どうもこのあたりの訳詩というのは不思議ですね。

さて、最初に書いたこの詩の作者の問題ですが、この詩は確かにスコットラン
ドの詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns,1759-1796)が、田舎の老人から
教えてもらった歌として発表したものなので、そのため一般の本ではスコット
ランド民謡ということになっているようなのですが、実は生前彼が知人に宛て
た手紙の中で、We twa hae paidl'd in the burn とか We twa hae run about
the braes といったフレーズの入った詩を書いてみたということを述べており
そこから、研究者の間ではこの詩はバーンズ自身の作品であろうと推定されて
います。

バーンズは1759年1月25日スコットランドのエアシャー州アロウェイに生まれ
ました。家が貧乏でまともに学校にも行けませんでしたが、彼は聖書を読んで
文字を覚え、たくさんの民謡を聞き、その後独学でフランス語も勉強しました。

1785年に建設業者の娘Jean Armourと恋に落ちますが、彼女の父は相手が貧乏
な男なので結婚を許しません。しかし彼女は妊娠していましたので二人は一度
は駆け落ちも考えたのですが、翌年に出した彼の詩集「スコットランドの言葉
で書いた詩」が売れて思いもよらぬ大金が入り、二人は無事結婚することがで
きました。その年9月ジーンは双子を産み落とします。

彼は急激に有名になり、大都会のエジンバラで数年間妻子とともに生活します
が、有名人故にちやほやされる生活と、ドライな人間関係につかれ、1789年頃
田舎に引きこもり、農業に従事しようとします。しかし彼が選んだ土地は痩せ
ていて、思ったように作物がとれず、健康も壊してしまいます。そして1796年
7月21日、37歳の若さで亡くなってしまいました。

彼の作品もそのうちまた幾つか取り上げてみたいと思います。



(1997.11.10)

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