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written by そよ風 on 98/11/21 10:05


●みかのはら わきて流るる 泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむ/中納言兼輔

解説:−
 みかのはら(瓶原)は京都の相良郡の地名で、皇室の離宮がありました。
 泉川というのは、ここの中央を流れている川でこの川によって瓶原は左右
 に分断されています。ですから「瓶原を分けて流れる泉川」ということに
 なります。
 
 「分く」は現代語の感覚からすると下二段活用のような気がするのですが、
 昔はこのように四段活用する例もあります。No.57に出てくる紫式部の歌に
 『巡り逢ひて見しやそれとも分かぬまに雲隠れにし夜半の月かな』といっ
 た例もありました。

 しかし、ここの「わきて」は「分ける」だけではなく更に「湧く」の意味
 も兼ねていて、湧く→泉 という言葉の導入をしています。

 そして、この「泉川(いづみがは)」が次の「いつみきとてか」を導き出
 しています。更にもうひとつ言うと、そもそも最初の「みか」という音が
 「いつみかは」というフレーズの中に繰り返されています。
 
 ほんとに、複雑な掛詞・枕詞の組み合わせですね。こういうのを見ると
 さすが百人一首、という感じです。これだけ技巧を駆使していて、しかも
 不自然な感じが全くない、というのはこの歌を歌った人の技量のすごさを
 表しています。

 さて、通して、この歌の意味を見てみますと、このようになるでしょうか。

  瓶原を分けて流れている泉川。その「いづみ」という言葉ではないが、
  「いつ見きとてか」−いつあの人に逢った(デートした)という訳で
  もないのに(まだデートもしていないのに)、どうしてあの人のこと
  がこんなに恋しいのであろうか?

 下の句もひじょうに回り回った言い回しになっています。古代に男女に
 関して「見る」といえば、通常エッチする、ということになります。
 昔の貴族の女性は親しい人以外には顔を見せずに、会見するときも御帳
 越しですので、顔を見るということは親しい仲になった、ということな
 訳です。それで「会っただけで何もしていません」などという言い訳
 は通用しません。(意味不明)

 さて、作者ですが中納言兼輔とは藤原兼輔(877-933)。藤原冬嗣の孫。
 先日出てきた藤原定方(873-932)の従弟で、紫式部の曾祖父に当たります。
 
 古今集以下の勅撰集に54首入集。この歌は新古今集に入っています。
 (ただし兼輔の歌ではなく、詠人不知のものが隣に兼輔の歌があった為
  これも兼輔作と誤解されてそのままになった、という説もあります)

 兼輔は一般には賀茂川の堤に邸宅があったため、堤中納言と呼ばれてい
 ました。そして中世頃は有名な『堤中納言物語』の作者とみなされてい
 たのですが、現在はこの説は否定されています。

 (『堤中納言物語』という名称自体が、兼輔が作者と考えられたことか
 ら発生した名称です。実際にはこの物語は作者不明どころか、バラバラ
 に色々な人が書いたものを後世誰かがまとめたものではないかと言われ
 ています)

試訳:−
 The river named "When met?",
 Which flows to separate
 Mikano village;
 I long for her so much
 Though I haven't seen her yet.

  by Imperial Adviser Kanesuke.



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