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written by そよ風 on 98/11/21 04:48


●小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆきまたなむ/貞信公

解説:−
 貞信公とはNo.24(#191)で見た菅原道真没後の怨霊騒ぎを逆用して権力の座
 をつかんだ藤原忠平(880-949)のことです。

 宇多天皇の下で重用されたものの、藤原時平と醍醐天皇のはかりごとにより
 突然右大臣の地位を追われ、太宰府の師に左遷されて、そこで寂しく亡くな
 った菅原道真。その道真の没後、都では様々な怪異が相次ぎました。

 道真追放に関与した人々が次々と怪死。時平も熱病に犯されて死にますし、
 最後は内裏に落雷があって数人の殿上人が黒こげになって死亡。その精神的
 ショックで醍醐天皇も病に倒れ、亡くなりました。世の人々は道真公は天の
 雷神になられたのであろう、と噂します。

 そんな中で、時平の弟の忠平は、一貫してこの事件に関して中立の立場を取
 り、かえって道真の供養などに力を尽くした為、怪異は彼の一族には現れず、
 世間の人望も集めて、権力の中心へ自然と押し上げられていきました。藤原
 家の正統は彼の家系に受け継がれていくことになります。

 この歌は非常に素直な歌で、特に解説の必要なものではないでしょう。技巧
 は全くありませんが、稚拙でもありません。百人一首の本来の水準には一応
 合格の歌ではないかと思います。

 小倉山の峰の紅葉たちよ、お前達に心があるならば、もう一度天皇のお出ま
 しがあるはずだから、それまで散らずに待っていて欲しい。

 そのように言っています。これは延喜7年(907)9月10日に宇多上皇が小倉山
 のふもとの大井川へ行幸した時に時平が詠んだ歌です。一同、この美しさは
 醍醐天皇にもぜひお見せしようという話になったもので、「いま一度の御幸」
 とは、醍醐天皇のお出でを言います。実際天皇は翌日ここを訪れています。
 (この時のことではなく、延長4年(926)の時のこと、という説もあります)

試訳:−
 Scarlet maple leaves
 Of Wogura-Mountain,
 If you can understand our words,
 Please keep your beauty for a little
 Until His Majesty will come.
 
 by Prince Teishin.




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