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written by そよ風 on 98/07/08 01:39



●千早振る 神代も聞かず 龍田川 唐紅に 水くくるとは/在原業平朝臣

解説:−
 先に在原業平について触れておきましょう。

 在原業平(ありわらのなりひら,825-880)は16に出てきた在原行平の弟で、
 伊勢物語の主人公として知られています。この物語のテーマの一つは業平と
 藤原高子(ふじわらのたかいこ,842-910)との恋です。

 藤原高子は摂政太政大臣・藤原良房の姪で、良房が天皇の后にしようと大事
 に育てていたものです。そういう訳で、業平と高子は愛し合っていましたが
 良房がそれを認める筈もありませんでした。そこで事件が起きます。伊勢物
 語の第6段はこの事件を次のように記しています。

  −・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

 昔男があった。とても得ることのできそうもない女と愛し合うようになり、
 ある晩とうとうその女を盗み出してしまった。芥河という川のほとりを女を
 背負って逃げている時に、草に夜露が光っているのを見て女が「あのキラキ
 ラ光るものは何?」と聞いた。しかし男は焦っているのでそれには答えずに
 先を急いだ。

 夜も遅いので男は近くの小屋に女を連れ込み奥で休ませて、自分は入口で見
 張っていた。ところがその小屋は鬼が出る小屋であった。女が悲鳴を上げた
 が雷の音に紛れてその声は男には聞こえなかった。気が付いた時は女は鬼に
 喰われてしまっていた。

 男は夜明けになってやっと気が付き、さめざめと泣いてこう歌った。

  白玉か、何ぞと人の問ひし時、露と答えて、消えなましものを

  −・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

 この事件は実際は高子は兄の藤原基経に取り戻されてしまったものです。そ
 して高子は清和天皇に嫁ぎ、2人の皇子と1人の皇女を産みました。「鬼」
 とは宮中に渦巻く権謀術数のことでしょう。

 高子が天皇の女御となったのちも、歌の会などで業平は高子と顔を合わせる
 機会はありました。そんなある時、業平は高子の部屋の紅葉の屏風を題材に
 一首詠みました。それが冒頭の『千早振る』の歌です。

   千早振る 神代も聞かず 龍田川 唐紅に 水くくるとは

 「千早振る」は力強いという意味で「神」の修飾語です。その神様の時代に
 も聞いたことのないほどに、龍田川の水が紅葉で赤く染まっています。なん
 と不思議なことなのでしょう。

 歌はそう歌っていますが、その赤く染まった川というのは、当然業平の高子
 に対する思いのことを言っている訳です。

 もちろん、この場には他にも大勢の人がいる訳ですが、古代にはこういった
 ことに関して人々はおおらかでした。その昔、天智天皇の妻である額田王
 (ぬかたのおおきみ)が前の夫である大海人皇子(後の天武天皇)に対して
 こう歌った歌もありました。

  あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る

 これも大勢の前で歌っている訳で、そこにいる人々は彼女がかつて大海人皇
 子の妻であったのに今は天智天皇の妻になっていることを知っている訳です
 が、それをジョークにして、こういう戯れの歌を歌っています。

 それと同様に、この千早振るの歌も人のいる前で歌っていて、そしてそこに
 いる人々はみな業平と高子が恋人同士であったことを知っている訳ですが、
 そういう恋の歌をやはりジョークとして戯れに歌っています。しかしジョー
 クとして歌っているその裏に、彼の本心が隠れているかも知れません。

 やがて清和天皇が退位(まもなく崩御)して、高子の産んだ貞明親王が新天
 皇(陽成天皇)になりますと、業平は高子の支持を背景に大きく昇進して、
 頭中将に任じられています。そして二人は最後までプラトニックな愛を貫き
 ました。

試訳:−
 Never heard from ancient age
 Age of gods so strong and swift
 That the river full covered
 With autumnal red leaves
 Tatuta river.

 by Imperial Retainer Narihira Ariwara.



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