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return ■相手の手が読めたら勝てるか?


高木彬光の短編で「棋神の破れた日」という作品があります。

ちょっと手元に本の実物が無いので記憶で書きますが、将棋連盟に道場破りが
訪れ、たまたまいた高段者(七段かな?面倒なので以下七段ということで)と
対局して勝ってしまいます。そこで「七段に勝ったのだから七段の免状を寄こせ」
と言うわけです。

そこに立ち寄ったのが神津恭介と友人の松下研三。神津恭介も相当将棋が強い
のですが、その挑戦者の指しかたを見ていて、あることに気づき「じゃ、ここに
いる松下君と対局してください」と彼に言います。

松下はヘボ将棋の人なので「そんな無茶な」とかいいながら席に付くのですが、
この高段者を負かした凄い人が、松下と指すとメチャクチャ。もうヘボ将棋
同士の見本のようなひどい将棋しか指せませんでした。免状の話は当然消滅して
這々の体で逃げていきます。

要するに神津が解説して言うに、あの挑戦者は対局相手の思考が読める特殊な
能力を持っている人だったということでした。だから高段者と対局すれば相手
の力を借りてすごい将棋が指せるが、ヘボ将棋の松下君と指すと、滅茶苦茶に
なってしまったというわけです。

なかなか面白い話だと思っていたのですが、こういう「相手の思考が読める」
ということは、必ずしも勝ちにつながらないのかも知れない、ということを
考えさせてくれたのが、最近発表された佐藤マコトの「サトラレ」という作品
です。

この作品の中で上記の高木の作品とは逆に自分の思考が強いテレパシーで相手
に伝わってしまう女性棋士というのが出てきます。

素人考えには、自分の作戦が相手に伝わってしまったら全然勝てないのでは
ないかと思うのですが、彼女はとにかく強い。あと少しでプロに届くという
レベルまで到達します。

なぜ彼女が勝てるのかというと、要するに対局相手としては相手の読み筋が
分かっても、それを越える手を思いつくことができない、というわけです。

将棋や碁は決して騙し合いをする競技ではありません。将棋の場合で言えば
対等な戦力から出発してパズルを解くように、その時点・その時点からの
最強の攻め手を探し出し、それで相手を攻め立てていく、スポーツのような
競技です。碁の場合も何もない所から始めて、交互に自分の勢力範囲(地)を
広げていく競技。だから対局者がどちらもミスをしなければ、将棋にしても
碁にしても、最初に打ち始めた、先手の方が勝つものなのです。

サトラレの女性棋士の場合、その読み手が凄くて何百手も先までを読んで、
それで攻めていく。その「読み手」というのは基本的に相手が最善手を打った
場合だけを読んでいます。相手がミスすればそこから先はもっと楽になるの
ですから、相手の応手は最善手だけを読んでおけば充分なわけです。

そして、そういう「読み手」であるだけに、それを知った対局相手としても
彼女よりも先読みできる力を持っていなければ、彼女の作戦の裏をかくような
手というのは考え出すことができません。どんなに最善手を指しても結局
彼女の読み筋通りに潰されていくだけです。

ですから、彼女が200手先まで読める人なら、こちらも210手以上は読める
人でないと勝てない、という訳です。

私はこちらの説の方が、本当だろうという気がします。


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