トラにまつわる人/寺田寅彦

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物理学者で随筆家の寺田寅彦は明治11年(1878)11月28日に東京で生まれました。
(出身は高知ですが出生は東京です)寅年の生まれであったことから寅彦と 名付けられました。

なお彼の名前について「寅年寅の日の生まれだったので」と書いてある資料も ありますが、1878年11月28日は寅年亥月戌日です。もし本当に寅の日の生まれ だったとしたら、この誕生日が間違っていることになります。

熊本の第五高等学校から東京帝国大学理科に進学しますが、この五高時代に 夏目漱石が英語教師をしていて、その影響を強く受けたとされます。夏目と は後には友人としての付き合いができており、「吾輩は猫である」の中に 出てくる理学者・水島寒月は寺田がモデルであるとされます。

1904年に帝大講師となり、ベルリン大学への留学を経て1916年に帝大教授に 就任。研究内容は地球物理学に関するものが多いようですが(大陸移動説を 予測していたとも)、結晶のX線透過の実験などもおこなっています。

しかし今日、私たちが彼に触れる機会があるのは、やはり彼が残した多数の 随筆を通してでしょう。私も彼の「物理学序説」を高校時代に読みました。

なお、昨日とりあげた本因坊秀策のお母さんが「カメ」さんでしたが、この 寺田寅彦のお母さんも「亀」さんです。偶然の一致ですね。

「災害は忘れた頃にやってくる」という言葉は、寺田寅彦が関東大震災の後 に雑誌で書いた警句だそうです。


(2010-01-07)


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