戦争と牛

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戦争に牛を使ったことで有名なのはBC284年戦国時代の中国の斉の将軍田単です。

当時燕の将軍楽穀が斉を急襲し、斉は総崩れになって王も裏切った部下に殺さ れ、軍はひたすら退却、とうとう墨城という小さな城に追いつめられてしまい ました。そこへ田単が駆けつけて来て、自ら墨城に入ります。田単が来たので 何をされるかと思っていた燕軍も彼が城の中に入ってしまったので、好機とみ て城を取り囲み攻めの体制を整え始めました。

ここで田単は真夜中に城から1000頭ほどの牛を連れ出し、背中に枯れ草を 負わせてその枯れ草に火を付けました。

びっくりした牛は大暴れに暴れて燕軍の中に乱入します。夜突然やってきた何 か訳の分からないものの来襲により、燕軍は気を制せられ、ただ混乱するばか り。そこで頃合いを見計らって田単の軍が燕軍に切り込んで多大の損害を与え ました。これを「田単の火牛」といいます。

燕軍はあとちょっとの所で無惨な逆転負け。すごすごと国に引き上げ、田単は 襄王を迎えて斉の新しい王に付け、後にBC250年には逆に燕を攻めて多くの領地 を逆にぶんどりました。

日本でこれを真似したのが木曾義仲です。倶利伽藍峠の決戦で平維盛と対峙し た木曾義仲は400〜500頭の牛を集めてこの角に火をつけ、先陣に仕立てて平氏 の軍に向けて放ちました。結果は平氏の惨憺たる敗戦。義仲は京都に入って、 平氏の天下を終了させます。


(1997.03.03)


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