日本人と牛

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さて日本では天武天皇4年(675)に肉食禁止令が出て、更に天平13年(741)に聖武 天皇が牛馬の屠殺を禁止して以来明治まで公式には肉食が禁止されていました。
ですから牛肉にしても牛乳にしても明治になってから始まった食文化である、と 一般には考えられています。

そこで唐人お吉の牛乳のエピソードなどがあります。

唐人お吉はアメリカの初代領事ハリスの所へ「身の回りの世話」をする女性が 必要であろうと気を回した幕府の役人が派遣した娼婦ですが、ハリスは自分は 別にそういう世話はしてもらう必要はないから秘書的な仕事のできる人に変え てくれと言って数日でクビにされました。がそのクビにされるまでの数日間、 彼女はかなり苦労してハリスの手伝いをしており、その時にこのエピソードが 出てきます。その日ハリスは何気なくミルクが飲みたいとお吉に告げました。
お吉がそれは何か?と聞きますと、牛の乳であるとハリスは説明します。

変なものを異人さんは飲むものだと思ったお吉ですが、とにかく近くの牛を飼 っている農家に牛の乳をもらいに行きますが、ここで又農家の人が「牛の乳を 人間が飲むなんて」と驚き、ひともんちゃくあって、めでたく牛乳をもらうま でにずいぶん苦労したのだそうです。

。。。。。といった話もあるのですが、実際には牛乳も牛肉も日本人はずっと 昔から経験していたようです。

そもそも聖武天皇の祖母である元明天皇の時代、乳牛の飼育が始められており、 その頃から牛乳は貴族たちの間では薬として時々飲まれていたようです。聖武 天皇の娘の孝徳天皇も牛乳を飲んだという記事が残っています。当時諸国には 乳牛を飼育する役目の乳戸という人々がいたそうです。

中世の肉食については今資料が無くよく分からないのですが、江戸時代の頃に は牛肉は薬用の名目で結構食べられていたようです。彦根藩主の井伊家から御 三家には毎年牛肉のみそ漬けの献上が行われ、この牛肉を運ぶ行列は大名行列 並みの扱いで道中大騒ぎだったようです。また忠臣蔵で知られる大石内蔵助が 堀部弥兵衛に牛肉をプレゼントしたことを記す手紙などが残っていることから 建前としての肉食禁止はあったとしても、実際には珍品として牛肉を食べると いう風習は存在していたようです。


(1997.03.03)


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