←↑→ 仮想旅2000(70) 日向

翌12月23日(土)晴れ。

都農(つの)神社にお参りします。神武天皇は美々津町の耳川の河口付近から
大和に向かって旅立ったとされていますが、その前に南方(多分西都市付近)
からそちらに行く途中、ここで武運を祈ったと伝わっています。だとすると
神代に遡る古社です。

御祭神は大己貴命。式内社。延喜式の日向国トップに掲載されている神社で
す。日向国の一宮。

お参りしてから20分ほどの道を歩いて都農駅に戻ります。8:09の快速に乗り
8:29佐土原で下車。ここから一ツ瀬川を遡ります。14.8km。約3時間歩いて
都萬(つま)神社に到着します。「つま」とは邇邇芸命(ににぎのみこと)の妻
の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、というよりここでは神阿多都比売
(かむあたつひめ)と言ったほうが適切なのかも知れません。

日向国には実は式内社は4つしかないのですが、その2番目に掲載されてい
るのがこの都萬神社です。創建は神代に遡るようで、この地に日向国の国府
が置かれていたため、多くの社領を持っていたようです。お参りしたあと、
近くの西都原古墳群を訪れます。壮観です。多くの陵墓があり、宮内庁の
管轄になっています。神武天皇のご先祖様たちなのでしょう。一部の人たち
が言っている「ウガヤ王朝」に相当するのかも知れません。

お参りしたあと、バスで約一時間、宮崎市に出ます。この路線はたくさん
走っています。宮崎市内の宮崎神宮にお参りします。

御祭神は神武天皇。神武天皇の宮がこの地にあったという伝説から建久8年
(1197)に創建されたものです。お参りしたあと少し離れた平和台公園の方へ
まわります。八紘一宇の字が刻まれた平和の塔があります。こんな文字が今
でも見れるのは全国でもきっとここだけでしょう。戦後いったん削り取られ
たそうですが、のち復元されてしまいました。ある意味では「大東亜戦争」
の功罪を考えるための記念碑でもあるのでしょう。

このあとバスで宮崎駅前に戻り16:09の日南線に乗ります。16:37青島着。
今日はここで泊まりです。

翌12月24日(日)曇り。

朝、泊まったホテルの目の前にある青島の青島神社にお参りします。島へは
橋が架かっていますが干潮の時は橋に頼らず海岸を歩いて行けます。御祭神
は彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)。この付近の系図を再掲しましょう。

 邇邇芸命  +――火照命(海幸彦)
  ‖――――+
 木花咲耶姫 +――彦火火出見命(山幸彦)
(神阿多都姫)     ‖――――――鵜葺屋葺不合命
           豊玉姫       ‖――――神武天皇
                    玉依姫

神武天皇が宮崎神宮、鵜葺屋葺不合命が鵜戸神宮、彦火火出見命が青島神社、
木花咲耶姫が都萬神社、邇邇芸命が霧島神宮ということになっています。こ
の神社は全てまわります。

お参りしたあと、飫肥方面行きのバスに乗って約40分で鵜戸神宮前。ここは
海岸の断崖の途中に作られている神社です。修験道の修行の地ですが、明治
以降は神道で祭られています。

ここには素焼きの皿を海岸の岩に向って投げる占いというのがあります。そ
の岩に当れば願い事は叶うとされています。男性は左手で、女性は右手で
投げて下さいとのこと。この素焼きの皿は近所の小学校で村おこし的に昔の
習慣を復興して作り始めたものだそうです。小学生たちが熱心に心を込めて
作った皿。願い事のある人も神経を集中して投げたいものです。

バスで宮崎市に戻ります。




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