←↑→ 仮想旅2000(69) 豊前(3)・豊後

翌12月22日(金)曇り。

朝から宇佐八幡(宇佐神宮)にお参りします。全国八幡神社の総本社。ものす
ごく広い境内の中は独特のきれいな空気が流れています。まさにここは聖地。

その聖地を揺るがしたのが例の「宇佐八幡御神託事件」でした。この経緯を
今一度見てみましょう。

称徳天皇は密教僧の弓削道鏡を重用し、法王という地位を新設して、これに
任じていました。そして天皇自身に子供がなかったため、いっそのこと自分
の後継者として道鏡を指名できないものかと考えました。しかし道鏡は皇室
の血を引いておりませんので、本来は不可能なことです。しかしこの時おあ
つらえ向きの噂が流れます。

その噂とは、宇佐八幡の神が「道鏡をして皇位に即かしめば天下太平ならん」
というお告げを出した、というものでした。この神社の御祭神は皇室の祖先
である応神天皇。そのご先祖様が道鏡を天皇にせよと言ったというのなら、
これは皇統の血を引いていないものを天皇に据えても構わないものと思われ
ました。そこで天皇は噂を確認するため腹心の部下・和気広虫の弟、清麻呂
を宇佐へ派遣してその神託を確認させようとしました。

清麻呂は最初やはり長いものには巻かれろという気持ちで、天皇の意向通り
の神託を持ち返ればいいと考え九州の宇佐までやって来たといいます。更に
出発に際し道鏡はもうすっかり天皇になった気になり清麻呂に「帰ってきた
ら大臣にするからな」と言っています。

しかし境内に入った清麻呂はこの地にあふれている神々しい気に身が引き締
まる思いがします。時は神護景雲3年(769)7月28日午の刻。玉串を奉納し、
天皇から託された件を巫女の辛島勝与曽女に伝えます。畏まって神殿奥に進
んだ与曽女はやがて清麻呂に次のように告げました。

 『その祈りを聴かず。汝帰りて吾が申す如く奏せ。吾が国家は開闢以来
  君臣定まれり。臣をもって君となすこと未だ有らざるなり。天つ日嗣
  は必ず皇緒を立てよ。无道の人、宜しく早く掃い除くべし』

清麻呂は一瞬にして不快になりました。

「馬鹿なことを言うな」「ではご自分で確かめなさるがよい」と巫女が言い
ます。清麻呂は本来は俗人が立ち入ることを許されない神殿の中に足を踏み
入れました。確かにそこはもう俗界ではありませんでした。

その瞬間大きな雷鳴と稲光があったといいます。彼はたちまち頭の中が空白
になり、心が裸になりました。そしてその瞬間、確かに彼は神の意志を理解
しました。神の言葉は直接清麻呂の頭の中に流れ込んできたとも言います。
また一説によればその瞬間彼は目の前に巨大な神が顕現するのを見たとも言
います。清麻呂が聞いた言葉は次のように記録されています。

 『我が国家は君臣の分定まれり。而るに道鏡は悖逆無道、すなわち神器を
  望む。是をもって神霊震怒し、その祈りを聴かず。汝帰りて吾が申す如
  く奏せ。天つ日嗣は必ず皇緒を続てよ。汝道鏡の怨みを懼るるなかれ。
  吾必ず相救わん』

彼は自分の使命を悟り、たとえ死罪にされてもこれは伝えなければならない
と覚悟を決めます。そして帰京後、天皇に自分が聞いた神の声を伝えました。

称徳天皇は激怒、清麻呂と姉の広虫を遠流に処しました。しかし、それでも
神託をくつがえすことはできません。失意に陥った天皇は翌年病没。その後
新天皇・光仁天皇のもとで道鏡は左遷され、清麻呂・広虫は赦免されて重用
されます。これは日本の皇室の万世一系の血統が途切れていたかも知れない
大事件でした。

さて、現在の神社ですが正面から入り参道をかなり歩いてまず下宮にたどり
つきます。ここでお参りしてから階段を昇り、小高い丘の上にある上宮に
お参りします。下宮と上宮は同じ神様が祭られています。御祭神は応神天皇、
神功皇后、比売大神です。この比売大神は一般に宗像三女神と同一視されて
います。

暗い内に出てきたので、境内を歩いている内に日が昇ってきたようです。ほ
んとに清々しい場所です。

お参りを終えてから3.6km歩いて宇佐駅に行きます。宇佐を8:26の日豊本線
下りに乗り9:26西大分着。山道を4.8km登って柞原(ゆすはら)八幡宮にお参
りします。

豊後国一宮。天長4年(827)に天台僧の金亀が宇佐八幡を勧請したもので、
宇佐八幡の別宮でもあります。境内に残る大樟の所に神の印の八流の白幡
が現れたという記録もあります。宇佐八幡は全国でも少数の式年遷宮が許さ
れていた神社のひとつですが、ここもその関連社として昔は式年遷宮を行っ
ていました。

お参りしたあと神社のそばからバスに乗り大分駅まで行きます。更にバスを
乗り継いで西寒多(ささむた)神社にお参りします。御祭神は月読尊・天照大
御神・天忍穂耳尊。式内社、名神大。そして実はこちらも豊後国一宮を主張
しています。神功皇后がこの地に白旗を立て、後に武内宿禰が祠を建立した
のが発端といいます。

お参りして再び大分駅に戻った所でお昼。日豊本線を下ります。

 大分13:10→14:33佐伯15:18→16:27延岡17:27→18:23都農。

今日は都農で泊まります。




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