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翌12月14日(木)曇り。

朝から小倉城の中にある八坂神社にお参りします。「無法松の一生」でも有
名な小倉の祇園太鼓はこの神社の夏祭りです。北九州市内では7月に次の日程
で祇園祭がおこなわれます。

 第3金曜〜日曜 小倉祇園太鼓
 20〜23日    黒崎祇園山笠
 第4金曜〜日曜 戸畑祇園大山笠

この神社はガラシャ夫人(明智光秀の娘)の夫として知られる戦国武将細川
忠興が関ヶ原の戦いで徳川方に付いた論功としてこの豊前小倉の地を与えら
れた時、城の守護神として京都の祇園神社の神を勧請したものと言われます。

御祭神は櫛稲田姫・須佐之男命・天之菩日命・天忍穂耳命ほか8柱。或いは
忠興にとって櫛稲田姫とはつまりこの関ヶ原の戦いの犠牲になって自ら命を
断った愛するガラシャであったのかも知れません。櫛稲田姫といえば出雲、
出雲といえば玉造、そしてガラシャの本名は玉です。

お参りしてから西に5km歩いて戸畑区役所のそば飛幡八幡宮にお参りします。
こちらは上述の戸畑祇園をおこなう神社のひとつ。鎌倉時代に花尾城主麻生
朝長が城の鬼門守護のため八幡神を勧請したもので、その後須佐之男命を
併せて祭っています。戸畑八幡・麻生神社などとも呼ばれるようです。

お参りした後、南に約1km歩いて菅原神社。戸畑祇園は先ほどの飛幡八幡と
この菅原神社合同のお祭り。ここも道真公が太宰府に赴く途中一泊した地
です。菅公御手洗の池が残っています。

北九州市というのは、1963年2月に門司市(貿易港)・小倉市(城下町)・八幡
市(製鉄の町,八幡製鉄所-現新日鐵)・若松市(積出港)・戸畑市(漁業基地)の
5市が合併して誕生したものです。その後1974年4月に小倉は小倉北区・小倉
南区、八幡は八幡東区・八幡西区に分割されて7区制になっています。市の
統合の直前1962年に開通した若松区と戸畑区を結ぶ若戸大橋はこの市の統合
の象徴でもあります。

そしてこの戸畑の菅原神社を出てから向かうのはこの北九州三大祇園の最後
黒崎祇園ゆかりの八幡西区。黒崎駅近くの熊手須賀神社と藤田須賀神社です。
行程は約8km弱。この黒崎駅周辺は北九州市内でも小倉北区につぐ商業地区
ですが、今年コア店舗のそごう倒産閉店の余波で現在揺れている最中です。

お参りして9時。JRで移動します。黒崎を907の久留米行きに乗り942東郷着。
東郷駅前1004のバスに乗り11分で宗像大社前。

宗像大社は全国の宗像三女神(弁天様)を祭る神社の総本社。「むなかた」と
は「みなかた」つまり水のある方面という意味であり、住吉・綿津見と並ぶ
古来からの海上交通の守り神です。この神社は辺津宮・中津宮・沖津宮とい
う3つの神社に別れており、それぞれに三女神の一人がおられます。どの宮
にどの女神様がおられるかというのは文献により混乱がありますが、宗像大
社に伝わる説ではこの玄海町の辺津宮に市杵島姫(いちきしまひめ)神、大島
村の中津宮に湍津姫(たぎつひめ)神、沖島の沖津宮に田心姫(たごりひめ)神
とします。

この巨大な辺津宮でお参りしてからバス停に戻り1039の神湊行きに乗ります。
8分で神湊波止場。1115の大島村営フェリーに乗り15分で大島。フェリー・
ターミナルのすぐそばに中津宮はあります。

お参りしたあとレンタサイクルを借りて島の北岸の沖津宮遙拝所へ。沖津島
はこの筑前大島の北方50kmに浮かぶ孤島ですが、ここへは一般の人は立ち入
ることは事実上不可能。古代より大陸へ向かう船の安全を祈願する為の祭祀
がおこなわれてきた地で数多くの祭祀遺物が残されており「海の正倉院」の
別名があります。女人禁制の地。更には島に上陸する男性はその前一週間禁欲
しておかねばならず、島に上がる前に全裸で禊ぎをして、島の女神様に確か
に男性のシンボルが付いていることを見せなければならないとされています。
この近くで漁をする漁民もこの島のことについては御不言様(おいわずさま)
と言って決して口に出してはならないとされる神秘の島。

晴れた日にはこの大島の沖津宮遙拝所から沖津島が見えるそうなのですが、
今日は見えませんでした。その方角を見てお参りします。

湊に戻って1300のフェリーに乗り25分で神湊へ。行きは高速船でしたが帰り
は普通のフェリーでした。神湊波止場バス停で1411の光陽台六丁目行きに
乗り25分で宮地嶽神社前。宮地嶽神社にお参りします。

(神湊から宮地岳に回る途中に東郷神社があるのですが、今回はパスです)

宗像大社と宮地嶽神社は山をはさんで反対側に位置しています。ですから、
車で直接両方の間を走りますと、山裾をグルッと回り込む感じになります。

宮地嶽神社は神功皇后が朝鮮に出発する前に武運を祈った場所で、この地の
祭祀を管理した兄弟(勝村大神・勝頼大神)と神功皇后の三柱の神をお祀り
する神社です。神社裏手の横穴式古墳から古代の立派な宝剣(国宝)が出た
ことでも有名です。

日本一の巨大な大注連縄の張られた拝殿でお参りしたあと、左手に回り込ん
でいくつかの摂社にお参りし、更に右手に抜けて少し歩いて奥の宮にお参り
します。右手に七福神神社、左手斜面に稲荷神社、その向こうに薬師神社、
右手に10mほど歩いて淡島神社・濡髪神社、その隣りに三宝荒神、その先
の道を進んで万地蔵尊、そして少し奥へ入って、その問題の古墳石室自体を
御神体とする不動神社。

まずは入口の所でお参りし、心が静かになったら石室内に失礼して中でお参
りさせて頂きます。私はここには10回くらい来ていますが、どうしても心が
静かにならなかった時は石室内に入ることを遠慮しています。

不動神社を出た所で15時すぎ。ほんとうはこの先山の上に奥宮の稲荷神社が
あるのですが、この時期にはちょっときついので今回はパスさせていただき
ます。稲荷神社まで行かれる方はお参りして向こう側の麓に抜けるまでを
2時間見込んでおいてください(距離としては2kmくらいですが)。途中に
素晴らしいパノラマが広がる展望所があります。あの景色を見るとハードな
道行きが報われたような気分になります。

ということで私は宮地嶽神社の丘を降りて約700mほど歩き西鉄の宮地岳駅ま
で行きます。バス停は神社のすぐそばなのですが、この西鉄の駅は、かなり
離れた一の鳥居のそばにあります。1532の貝塚行きに乗り15:53和白。ここ
でJRに乗り換えます。和白駅はJRの駅と西鉄の駅がくっついています。1611
の西戸崎行きに乗り1625着。駅前のバス停から1633の勝馬行きに乗ります。

ここは博多湾に突き出した砂洲「海の中道」の一番太い所。向かう先はこの
砂洲に連結してしまった島・志賀島です。20分で休暇村。国民休暇村の施設
前にあるバス停を降りて、ちょうど沈みつつある夕日を捉えることができま
した。ジャストタイミングです。その夕日を見ながら海岸の道を歩き、約5分
で志賀海神社・辺津宮の対岸まで到達します。辺津宮はこの海岸の東端から
十mほど離れた小さな島の上にあるのです。

そこまでは行けないので、この対岸で夕日を見ながらお参り。そもそもこの
辺津宮は夕日を遙拝する位置に建てられたもののようです。鳥居も夕日に向
かって建っています。

やがて太陽が海の向こうに沈み、少しずつ日が落ち始めたところで道を戻り
ます。そして国民休暇村で今日は泊まりです。




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