←↑→ 仮想旅2000(60) 淡路・阿波・土佐

翌12月7日(木)曇り。

郡家の「いちごの物語」というちょっと恥ずかしい名前のペンションを出て
約1.5km、淡路一宮・伊弉諾神宮にお参りします。

伊弉諾命が国生みを終えてから引退した場所は一般には滋賀県の多賀大社と
みなされているのですが、この淡路の伊弉諾神宮という説もあります。この
部分古事記の記述は「淡海」という微妙な表現で、どっちともとれるのです。

とにかくここも古い神社であることは間違いありません。無論式内社。

お参りしてからバスで鳴門市まで行きます。市内でバスを乗り換えて北灘町
粟田の葛城神社まで。ここは天喜年間に葛城の一言主命の分霊を勧請して
創建された神社です。四国は一言主にはいい土地なのかも知れません。

さて鳴門市内には実はもうひとつ葛城神社があります。バスを乗り継いで、
今度は大麻町姫田へ。こちらも御祭神は一言主神。しかしこちらの創建の年
代はよく分からないようです。

交通機関ばかり使いましたから少し歩きます。約6kmの道を迷うべくもなく
歩いて、大麻比古神社へ。御祭神は大麻比古神と猿田彦神ですが、この大麻
比古神とは、阿波を開拓した忌部氏の祖神・天太玉命のこととされています。

ここが阿波国一宮です。ご存じのように四国霊場一番札所・霊山寺と本来一体
のもの。この付近はお遍路さんが多数たむろしています。

お参りをした後、西へ向かうお遍路さんたちとは分かれて南へ徳島市を目指
します。吉野川を吉野川橋で渡り、行程15.5kmで徳島市の忌部神社へ。

御祭神は天日鷲命。これも忌部氏の祖神のひとりです。太玉命の部下の立場
にあったようで、元々同族なのでしょう。天岩戸事件で活躍した手力男命の
子供ともいわれています。この神社は中世に一時期所在不明になり、現在地
に定まるまでにかなりの論争があったようです。

お参りして4時。今日は徳島市内のホテルに泊まります。

翌12月8日(金)晴れ。

ホテルを5時すぎにチェックアウトし、徳島駅549の徳島線に乗って阿波池田
に740。800の土讃線に乗り継いで1020土佐一宮。この連絡を逃すと次は阿波
池田で3時間!待って13時半になります。四国の列車の便は必ずしもよくあり
ません。

駅から歩いて15分で土佐神社です。

ここの御祭神は通常一言主神と味鋤高彦根神とされていますが、このうち
味鋤高彦根神は葛城の神ということで一言主神と混同されたものであり、
誤りと考えた方がよいでしょう。ここは葛城の一言主神が一時流罪にされ
ていた場所であり、後に葛城の一言主神社に復帰した時、その和魂(にぎ
みたま)が引き続き祭られるようになったことが記録に残っています。

つまりここの御祭神は、本当は一言主神和魂なのです。詳しいことは下記
を参照してください。
  http://www.ffortune.net/fortune/onmyo/kamo/kamo24.htm

まぁそういう細かいことは抜きにして、とにかくここが葛城とつながって
いる神社であることは間違いありません。お参りします。

お参りしてから今度は1132の下りに乗って1208朝倉。駅近くの朝倉神社に
お参りします。絵金こと弘瀬金蔵の屏風絵で有名なところです。

式内社で御祭神は天津羽羽神と天豊財重日足姫天皇(斉明天皇)。なぜ斉明
天皇が祭られているかというと、この神社から3km離れた所に斉明天皇の
お墓がある為です。なぜこんなところにあるのかは、よく分かりません。

お参りしてから香川県に移動します。

 朝倉1258→1314高知1344→1556阿波池田1620→1713琴平

今日は琴平で泊まりです。(上記の連絡を逃すと次は琴平着は19時半)




(C)copyright ffortune.net 1995-2013 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから