←↑→ 仮想旅2000(42) 出雲(1)

稲佐浜で神を迎えると、龍が先導して神々を出雲大社内の東西の九十九社に
導きます。神々はここでお休みです。私も宿に入ります。宿で今回出雲の旅
に同行する九州から来たKさんと合流。本当は出雲大社駅で落ち合って一緒
に稲佐浜から行く予定だったのですが、人が多くて会えませんでした。結局
稲佐浜はバラバラで見に行ったものの、宿ではもちろん無事出会えたわけです。

翌11月6日(月)晴れ。

午前中は出雲大社での色々な祭礼を見ます。普段でも観光客で人の多い所で
すが、この時期は特に人が多く、今回もスケジュール表に沿って予約を入れ
てないと泊まる場所がなかったかも知れません。

昼過ぎ、日御碕に行くことにします。片道9.3km。出雲は美保ヶ関で日が昇り
日御碕に日が落ちます。美保ヶ関には事代主神がおられ、日御碕には素戔嗚
神がおられます。やはり出雲はタダモノではありません。

日没は17時。ここは何か美しい所です。荒々しい海が素戔嗚神に似合ってい
ます。日御碕の有名な灯台はこの半島の北端近く。日御碕神社は西側です。
なお日御碕神社は境内の中で神宮(上宮)と日沈宮(下宮)に分かれており神宮
には素戔嗚神ほか三柱、日沈宮には天照大神ほか五柱がお祭りされています。
元々は日沈宮は目の前の経島にあったのを開化天皇の御代に現在地に遷座し
たとされます。

日没を見てから帰りは出雲方面の最終バス(日御碕1810発)で出雲大社に戻り
ます。

翌11月7日(火)晴れ。

今日はたくさん歩きます。が全行程は時間的に困難なのでまず電車で出雲市
に出ます。そこからまずは朝山神社まで6.3kmの道。朝山は本来は「浅山」
で「深山」に対する言葉。この付近でも充分山の中だと思うのですが、確か
に私はここから更に深い山の中に入っていきます。

御祭神は神魂命(かみむすびのみこと)の娘で大穴持命(おおなむぢのみこと)の
妻である真玉着玉之邑日女命(またまつくたまのむらひめのみこと)。併せて
大穴持命と神魂命を合殿に祭ります。実はこの神社は非常に重要な神社です。

一般には神様は陰暦10月の11日から17日まで出雲大社、そのあと26日まで
佐太神社で会議をなさるとされているのですが、実はその前10月1日から10
日までこの朝山神社に集まっておられるとする説があります。そのため、
この神社では以前はこの1日から10日までの期間、氏子全員が一の鳥居から
社殿までの1kmの道を毎朝参拝しにきていたのですが、近年ではあまり行わ
れなくなっているとのことです。

なお、この神社は神門川と稗原川の合流点の近くに建っています。お参り
して少しひとやすみさせて頂いてから神門川(神戸川)に沿って更に深い山に
入っていきます。ここから先は一人では危険な領域。

神門川の流れは佐田町役場付近で二手に分かれます。私たちは左手に折れて
須佐川(来島川)に沿って昇っていきます。途中波多川との合流点も過ぎます。
やがて原田川との合流点をすぎて少し行ったところが須佐神社。しかし今日
はもう遅いので、お参りは明日にします。朝山神社からの距離15.4km。

翌11月8日(水)晴れ。

須佐神社にお参りします。

御祭神は須佐之男命で、櫛名田比売・足名椎・手名椎を合祀します。ここが
おそらく須佐之男命の発祥の地なのでしょう。

元々は合祀されている三神は須佐川の対岸に祭られていました。また100m奥
にある天照神社は通称・上の宮と呼ばれ、こちらを対して下の宮と呼びます。
この神社の神職は古代より足名椎の子孫である須佐家が務めています。これ
ほどしっかり伝統が守られている神社は全国でもほんとに数少ない存在です。

お参りが終わってから山越えの道を行きます。山を完全にひとつ越えて掛合
町の松笠に至り、そこから多根まで降りていくと、三刀屋川に出会います。
この道は出雲神話街道。トンネルも2つ抜けて夕方三刀屋町の中心部に。
今日はここで泊まりです。今日の行程22km。




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