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翌10月27日(金)曇り。

朝、御所市のホテルを出て橿原へ向かいます。6.6km一時間ちょっと歩いて
橿原神宮。

ここは神武天皇が即位した場所で、明治22年(1889)にこの由緒ある土地に
神社を建てようという地元の機運が高まり、京都御所の温明殿(うんめいでん)
などが下賜されて、翌年神社が創建されました。なお神武天皇陵は畝傍山を
回った反対側にあります。お参りしたあとそちらにも回ります。

神武天皇陵から4.4km歩いて飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)。御祭神は
本来は賀夜奈留美命(かやなるみのみこと)ですが、その後4座とされており
どういう4座かについては幾つかの説があります。賀夜奈留美命は大己貴命
の娘であり、高照姫の別名ではないかとの説もあります。その分霊は式内社
賀夜奈留美命神社(現在明日香村栢森, 阪田の葛神社との説も)に祭られて
います。民俗色の強い御田祭(おんだまつり)が有名で、多数の陰陽石が奉納
され祭祀されています。

この付近は遺跡の多いところです。蘇我馬子の墓である石舞台、天武天皇陵、
埋葬者が未だに不明の高松塚古墳などなど。この付近午前中7kmほど歩きまわ
ります。

高松塚古墳でひとやすみしてからまた葛城の方に戻ります。近鉄吉野線沿い
に9km歩いて吉野口駅近くの巨瀬山口神社へ。美しい巨瀬山の山口にありま
す。ここは緯度的には昨日行った葛城の中鴨神社とほぼ同じ緯度になります。

お参りしてから更に南へ1km。大穴持神社にお参りします。古式に従い本殿
を持たない神社です。拝殿後ろの樫とツツジの木が御神体とされます。御
祭神はむろん大己貴命(おおなむぢのみこと)。地元では大汝(おおなんぢ)
の字も使用されるようです。「大穴持」も本来「おおなむち」と読むのが
普通ですが、現在は「おおあなもち」神社と呼んでいるようです。実際には
この神社のある唐笠山は三輪山に似ているとされ、本来はむしろ大物主神
(大己貴神の幸魂奇魂)をお祭りしていたのでしょう。

時刻は15時。お参りした後、山道越えです。車坂峠越えの5kmの道を歩いて
下市口へ。ここでまた一休みしてから吉野川を遡ります。また5km歩いて
吉野町へ。今日はここで泊まります。

翌10月28日(土)雨。

吉野神宮にお参りします。これも明治になってから建てられた神社です。
この吉野に南朝を作って室町幕府に抵抗した後醍醐天皇をお祭りします。
明治25年の創建。

ひじょうに大雑把なことを言えば「吉野」というのは奈良県の南半分のこと
を言います。奈良県の人口のほとんどは北半分に集中しており、南半分は
ほとんどが深い山です。この吉野神宮は吉野の山の北の端にあります。この
奈良県の山岳部の南端付近に玉置があります。吉野神宮と玉置神社を結ぶ線
の上に弁天様の聖地・天川神社なども乗っています。

さて、吉野神宮にお参りしたあと、雨の中更に吉野川を遡ります。

雨なのと昨日・一昨日とかなり歩いているのでスピードが落ちています。
約23kmを6時間かけて歩いて東吉野村の中心部に。今日はここで泊まります。

翌10月29日(日)曇り。

しかし雨が降りそうです。本当は今日丹生川上神社に行きたかったのですが
今日はやめておきます。案の定昼くらいには雨が降り出しました。

水の神様に会いに行くのに雨が降るというのは歓迎されているのでしょう。




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