←↑→ 仮想旅2000(37) 大和(3)

翌10月26日(木)雨。

雨は降っていますが今日は葛城一周。標準所要時間は下鴨神社から小殿北ま
でをバスで移動した場合で、8〜9時間です。

                     御所||
                      駅||
 至葛城山――――――――――――――――――++
  登山口――++―++―――――――――――++
       || ||鴨山口        ||
       || ||神社         ||
 駒形――――+| ||           ||下鴨神社
 大重――――+| ||           ||
 神社    || ||           ||
   綏靖天皇|| ||           ||
     宮跡|| ||           ||
       || ||           ||
    一言主++―++――++       ||
     神社+――++――++       ||
          ||  ||長柄     ||
          ||  ||神社     ||
          ||  ||       ||
   ++―――――++――++       ||
   ++―――――++――++    小殿北||
   ||     ||        バス停|+――――中鴨
高天彦++―――――+|           |+――――神社
 神社++―――――+|           ||
          ||           ||
          ||高鴨    風の森  ||
          ||神社    神社   ||
          ++―――――――――――++
          ++―――――――――――++
                       ||風の森峠

朝6時に駅前近くのホテルを出ます。今日はこのホテルに戻ってきますので
荷物は最小限に絞っていきます。

まずはすぐ近くの下鴨神社へ。大きな神社です。正式名称は鴨都波八重事代
主神社。御祭神は積羽八重事代主神。全国のゑびす神社にお祭りされている
事代主神(ことしろぬしのかみ)のルーツはここです。

神社の由緒書きによればこの神名は鴨の水辺で折目ごとに祀られる田の神と
いう意味だそうです。水辺ゆえに「つは(積羽・都波)」で、季節が繰り替え
す故に「八重」であり、「こと」は農作業、「しろ」は田畑のことを意味し
ているのでしょうか。

事代主神というのは後世、託宣の神としての性格が強くなるのですが(一言
主神の神格を吸収したか?)、実際最初は水辺の田の神として信仰されてい
たのでしょう。

少し歩いて野口神社にお参りします。山口が「山の入口」だと以前説明しま
したが、野口も「野の入口」です。御祭神は八井耳命。神武天皇の第二皇子
で、弟(綏靖天皇)にお前の方が器量があるからお前が天皇になりなさい、と
譲った人です。

お参りしてから、かなり歩いて小殿北バス停をすぎ、左手に折れてから少し
複雑に道を曲がって中鴨神社に至ります。集落の中の一番高い所。

正式には葛木坐御歳神社(かつらぎにましますみとせじんじゃ)といいます。
御祭神は御歳神・大歳神と共に高照姫がお祭りされています。事代主神の
同母妹。ここが高照姫の本拠地です。

お参りしてからいったん大きな道路に戻ってから風の森峠を目指します。大
きな道に出ないで古道を歩いてもいいのですが、人通りが少ないので、人は
通らなくても車は通ってくれる本道を通った方が良いでしょう。

風の森峠に至る急な坂を上りきったら、この峠から更に登って!!風の森神社
に至ります。この場所は非常に分かりにくいです。御祭神は志那都比古神。
風神様ですね。

風の森神社から田舎道を少し歩くと、高鴨神社に至ります。普通は葛木古道
はここから鴨山口神社までの間を歩きます。神社のそばの葛城歴史資料館で
地図も配っていますから、頂いていくのがよいでしょう。

高鴨神社の御祭神は味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)。ここが、
この神の本拠地です。ここはこの葛木で最も広い神社になりますでしょう。
この高鴨神社あたりで雨がやみました。

雨が降っていたら次の高天彦神社はパスせざるを得なかったのですが、止ん
だということは「来なさい」という意味でしょうから行きます。

ここからかなり舗装道路を歩いた上で左に曲がり、山道を登っていきます。
途中で左手に森を突っ切る道があるのですが今日は怖いので、自動車の通れ
る道の方から回り込んで行きます。

かなり歩いて神社に着きました。ここは結構観光客が多い所。

御祭神は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)で、葛城一族の祖として祭られて
います。境内に8個の摂社がありますが、その中に三十八社というのがあり、
葛城三十八皇神が祭られています。大和朝廷と同程度の力を持っていたとい
う葛城王朝の歴代の王なのでしょう。

登り道で疲れたのでここでひとやすみ。この後、普通は極楽寺方面に降りる
と距離的に短いのですが、雨が降った後ではとても怖くて歩けません。今来
た道を戻ってから次を目指します。

住宅街に入って、住吉神社・高木神社とお参りして、やがて長柄神社。今私
が歩いている葛城古道と、水越街道との交差点。御祭神は下照姫命で、下照
姫はここが本拠地というわけではないようですが、葛城の4神社の配置の中
ではやはり下照姫のポジションはここです。

ここからまた更に歩いて一言主神社。ここへ至る道は地図だけを見て歩くと
困ってしまいます。ガイドブックに記入されている矢印に従って歩きましょ
う。こんなところに立体交差があるのです。さすがに一言主神は簡単には
近づけさせてくれません。

一言主神社は御祭神はもちろん葛城一言主神。これに幼武尊(雄略天皇)が
一緒に祀られていますが、これはむろん一言主と雄略天皇が出会ったエピソ
ードに基づくもの。

一言主神は葛城の古い託宣神ですが、地元ではこの神の神格が忘れられ名前
から「いちげんさん」と呼ばれ、何でもひとつだけ願いごとを叶えてくれる
神様、などとされています。そう思いこまれてお願いされたら、さすがの
一言主様も頭を掻いて、少しくらいは願い事を叶えてくれるかも知れません。
本来はかなり厳しい性格の神です。

雨の後でも、この先の道はなんとか歩けますので、一言主神社の右手の山道
を登って、駒形大重神社方面へ行きます。途中に綏靖天皇高丘宮跡がありま
す。ガイドブックなどでここにそれがあることを知っていないと、見逃して
しまうかも知れないところ。綏靖天皇は朝行った野口神社の御祭神の弟にあ
たります。

駒形大重神社の御祭神は滋野貞主命ほか一座不詳。だいたいここまで歩いて
くると足がもう棒になっていると思いますが、もう後は下がるだけです。で
もこの極度の疲労状態ではそれもなかなかきつい。

道を降りていって本道に出て、やがて右手に折れて鴨山口神社まで戻ってき
ます。ここまでくればあと少し。ホッとします。

御祭神は大山祇神・大日霊命・御霊大神・天御中主尊。朝廷に皇居の用材を
献上する「山口祭」というお祭りを取り仕切った神社。

この神社を出たら、ひたすらゆるやかな坂を下り、やがて朝出たホテルまで
戻ります。帰ってきたのは17時。部屋に入ったらまずは一眠り。2時間ほど
寝てからお風呂に入り、足の筋肉をもみほぐして、再度爆睡。




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