←↑→ 仮想旅2000(19) 加賀・能登

翌9月24日(日)。まだ雨が降っています。市内中心部近くの尾山神社(おやま
じんじゃ)にお参りします。

ここは前田利家公が能登からこの地に移って最初に居した場所で元々は金谷
御殿といいました。御祭神は前田利家公ですが、大っぴらに祀ると幕府が
うるさいので、富山の守山海老坂烏帽子の社を卯辰山に遷座して物部八幡を
祭ると称し卯辰八幡宮と呼んで、実質利家公をお祀りしていました。そして
明治になってからやっと、現在地に社殿を造営して正式に利家公を御祭神と
し、尾山神社と称しました。

入り口の所のステンドグラスを持った神門は異色です。日本の神社ではなく
中国かどこかのお寺のような雰囲気。でも中は純然たる神社です。桜の時期
に来ると境内の桜もきれいです。

お参りしてから裏手に抜け、少し歩いて尾崎神社に回り込みます。

こちらは徳川家康公をお祀りする神社で、社殿も日光東照宮を模したもので
す。元々は金沢城内の北ノ丸にあったものを、明治9年こちらに移しました。
コンパクトですが、どっしりした神社です。

尾崎神社を出たら尾張町の方へ抜けていきます。久保市乙剣宮(くぼいちお
とつるぎぐう)があります。ここは素戔嗚尊をお祀りする神社です。この界
隈・久保村の鎮守様。ここでお参りしてから浅野川に出て、この川に沿って
歩いていきます。

金沢駅のそばを過ぎて、やがて大野川を渡り、河北潟の北側を通って、海岸
沿いに北上します。やがて雨も止みました。途中で159号線に合流、それから
249号線に移って夕方前に羽咋市内に到達しました。今日歩いた距離は全部で
約45km。昨日たっぷり休んでいたので平気です。今日は羽咋市内で泊まります。

翌9月25日(月)。今朝も雨が降っています。

羽咋市内から約4km歩いて気多大社。一昨日行った高岡の気多神社もここから
勧請されたものと言われています。

能登一宮。むろん式内社。名神大。御祭神は大己貴命。おいで祭り(平国祭)
で有名です。また十二月の奇祭・鵜祭りも象徴好きの人には注目の祭りです。

この能登の地は唐津・博多・出雲・若狭・と続く日本海航路の重要拠点であ
り、能登半島北の曽々木海岸近くの上時国家・下国時家などを見てもその繁
栄ぶりが伺い知れます。この能登半島を更に北上します。

能登半島は山が多いですが、この羽咋で海に注ぐ羽咋川(長曽川)の流域だ
けは平地が広がっています。左手に山を見ながら、JR七尾線に沿った道を約
7km歩くと鹿西町に入ります。目指すは能登生國玉比古神社。式内社です。

御祭神は多氣倉長命と妃神の伊豆目比売命(市杵島姫命)。気多大社にお祀り
されている大国主命とともに能登地方の開拓に当たった神様といわれていま
すので、本来はこの神様が能登の主神なのかも知れません。

お参りしてから本道に戻り、そのまま北上して新庄バス停の先で右折。七尾
市内に入ってJR徳田駅のそばの久志伊奈太伎比(羊)神社に至ります。ここ
は実は稲田姫の重要拠点の一つです。出雲と能登は密接な関連があります。
ここも式内社です。

もちろん御祭神は奇稻田姫命。気多大社の御祭神のお母さんとしてたいへん
崇敬された神社です。

お参りしてから今度は国道159線まで突き抜けて市内古府町の能登生國玉比古
神社に行きます。先ほど鹿西町で行った神社と同名なのですが、実を言うと
ふたつの神社の内どちらが延喜式の能登生國玉比古神社なのかは意見が分か
れるところです。元々同じ一族が開拓した神社なのでしょう。こちらの御祭神
は大己貴神で素戔嗚尊・奇稻田姫命を併せてお祀りしています。また気多大社
は元々ここの神霊を勧請したものだという説もあり、ここは気多本宮と称して
います。

そして更にここをお参りした後で市内国分町の久志伊奈太伎比(羊)神社に
回ります。今行った所と同名ですね。これも実は二つの神社の内どちらが延
喜式に載っている久志伊奈太伎比(羊)神社なのか分からないのです。こち
らは御祭神は同じ奇稻田姫命です。

今日は歩いた距離はそんなにありませんが細々と動き回ったのでこれで限界。
七尾市内で泊まります。




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