←↑→ 仮想旅2000(15) 武蔵・上野

翌9月14日(木)。雨はあがったようです。ホテルのテレビで昨日までの雨で
すごい被害が出ていることを知り唖然。

今日も歩きです。所沢を出てから県道42号線を東行、西所沢駅を過ぎて次の
大きな交差点を左折。家具屋さんの前で右折して航空公園の南を通り、463
号線・浦和所沢バイバスをひたすら東へ。関越道の下を通り、やがてお昼過
ぎに荒川の羽根倉橋を越えて市街地へ。

国道17号線の新大宮バイパスを横切り、埼京線・東北新幹線の高架下を通っ
て、更に東へ。そして国道17号線の今度は本線に当たった所で南下。

500mほど行ったところで左折。また463号線に乗って新浦和橋を通過。やがて
第二産業道路を越えて、たどりついたのは住宅街。ここを地図に従って進んで
赤い橋が見えてきました。時計を見ると15時前。

この橋は氷川女体橋。その先の石段を登ったところにあるのは氷川女体神社
です。ここは後で回る大宮の氷川神社と陰陽の関係にある重要な神社で、合
わせて武蔵国一宮になっています。現在の社殿は徳川家綱が再建したもの。

御祭神は奇稲田姫命。荒川の支流芝川沿いの水利に合わせて建てられたもの
でしょう。荒川と芝川の合流点付近(足立区)にも大きな氷川神社がありま
す。今回はそちらまでは回りません。

しかし463号線という道はまるで所沢の中氷川神社とこの浦和の氷川女体神社
を結ぶためにある道路という感じです。

さて、今日は更に行きます。氷川女体橋の架かる見沼代用水西縁に沿って回り
込み芝川を渡って西行。やがて第二産業道路にぶつかります。ここを北上。
ふたつ目の交差点を右に折れて、地図に従って進みますと中川の中氷川神社
(中山神社)に到達します。

ここは今行った浦和の氷川女体神社と、この先行く大宮の氷川神社との中間
点にあります。それでまた中氷川神社なわけです。この地は元々中川村とい
ったのですが、これも中氷川の真ん中の氷が抜け落ちて中川になったものと
のことです。崇神天皇の御代の創建と伝わる古い神社です。

この中氷川神社は距離的に大宮と浦和の氷川神社の中間点であるだけでなく
いわゆる辰戌線で結ばれています。中氷川神社では冬至の太陽が浦和氷川女
体神社からのぼり、夏至の太陽が大宮氷川神社に沈むそうです。

さて疲れているのでペースが落ちています。時計を見るともう16時半。

大宮の市街部まで5kmの道のりを歩いて進み、市内のホテルに投宿しました。

翌9月15日(金)。曇り。

さすがに疲れがたまっていたのでチェックアウト時刻まで眠っていました。
ホテルの人からの電話で起こされ10時半頃チェックアウト。市内の氷川神社
にお参りします。

この大宮の氷川神社が関東一円の氷川神社の総本社です。大宮という地名も
そこから出たものです。

昨日の浦和の氷川女体神社と一体のものではありますが、この大宮氷川神社
の中にも以前は素戔嗚尊を祭る男体社、稲田姫命を祭る女体社、大己貴命を
祭る簸王子社があり、それぞれ別の宮司家が管理していました。明治以降は
一体化されています。

武蔵一族は奥多摩から次第に平野部に進出してきたあと、この荒川流域にそ
の勢力範囲を広げたようで、ここ大宮がその拠点とされたのでしょう。

お参りをしてから駅前の国道17号線に出ます。これをJR高崎線とともに北上、
桶川市役所の先を右折。県道12号線に移ります。菖蒲町で日光へ向かう国道
122号線に当たった所で左折。一緒に少し北上してから鴻茎交差点から右に
折れて加須市中心部方面へ。

この付近でもう夕方近くになったので、今日は加須市で泊まりです。

翌9月16日(土)。曇りですが、また天気がかなり悪くなりそうな雰囲気です。

朝から歩き始めて昼前に利根川の埼玉大橋を渡ります。北川辺町役場の所から
左折。板倉町方面へ。このあたりで雨が降ってきました。

1時過ぎにたどりついたのが板倉の雷電神社。関東の雷電神社の総本宮です。

推古天皇6年に聖徳太子が創建し、延暦20年に坂上田村麻呂が雷電紙の化身の
童子に救われたことに感謝して社殿を造営したと伝えられています。延宝2年
(1674)に徳川綱吉がまだ館林城主だった頃に社殿を改修。左甚五郎の十代目
石原常八の彫刻が遺されています。最終的には文政・天保年間に改修が行わ
れています。国の重要文化財に指定されています。境内の雷電沼にはここか
ら貴い馬が飛び出してきたという伝説が伝わっています。

この綱吉公が改修を手がけたことから特に葵の紋の使用が許可されています。

この雷電神社の調査はまだ途中です。雷電神社は今私が把握している範囲で
山形から三重まで存在しますが、関東の特にこの付近が最も多いように思わ
れます。御祭神については「雷神」のイメージから菅原道真公や賀茂別雷神
などを祭るケースがあるようですが、この点もまだ十分調査していません。
賀茂別雷神はそもそも「葵」のルーツですから(徳川家の葵は元々賀茂神社
の神紋からいただいたもの)この板倉雷電神社が葵を使うというのは面白い
話だと思います。板倉町には賀茂神社もあります。

さて、雨が強くなってきていますが、ここでは泊まる所がありません。本当
は栃木市まで足をのばすつもりだったのですが、ムリをせずに予定を変更し
て館林市に入り泊まることにします。




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