↑ ← → 仮想旅(38)広島:厳島神社
written by Lumiere on 96/12/17 18:44
12月16日・月曜日。

さて今日の第一の目的地は「安芸の宮島」(あきのみやじま)の名前で全国知
らない人はいないほど有名な厳島神社(いつくしまじんじゃ)です。

早朝ホテルを出て本土側の宮島口港からフェリーに乗って10分。この神社のシ
ンボルともいえる海中の大鳥居(と書きたい所だがこの日の朝は干潮で地面の
上に立っていた^^;)がだんだん近づいてきて船が止まったら島側の宮島港。こ
こから神社まで10分ほどでしょうか。しかしもうこの島に足を降ろした時既に
神域に足を踏み入れたような気がします。

ここは平清盛が厚く保護したことで有名で、現在の社殿その他の配置は基本的
に清盛が造営したものが更に源頼朝・足利義満・豊臣秀吉らをはじめとする多
くの人々による増築・補修を経て現在に伝わる物です。平成3年の全国に被害
をもたらした大台風19号では本殿や能舞台が破壊され、無惨な状態でしたが、
もうすっかり修復を終わっています。

平清盛の以前については大阪の住吉神社のところでも触れたように古代に政権
のある近畿と大陸への玄関である九州とを結ぶ最重要幹線航路であった瀬戸内
海航路の守り神として鎮座したものと思われます。社伝によれば推古天皇元年
(593)に二羽の神烏に導かれた宗像の三女神がこの島に現れ、その年の11月12日
に佐伯鞍職が神主となって現在地に社殿を建てたといいます。むろん御祭神は
その宗像の三女神、市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命(いちきしまひめのみこ
と・たごりひめのみこと・たぎつひめのみこと)です。

この宗像の三女神は素戔嗚尊が天照大神との天安河(あめのやすのかわ)での
誓約(うけい)によって作った子で、名前には若干文献による揺れがあります
が、基本的にはたごり姫・たぎつ姫がいて、もう一人の名前はいちきしま姫=
おきつしま姫ということになります。ここで「おきつしま姫」という名称は宗
像の沖の島に鎮座していることによるものと思われます。このおきつしま姫と
大国主命(おおくにぬしのみこと)の間に生まれたのが土佐と福島で出てきた
味鋤高彦根命と鳥取で出てきた下照姫です。また、このいちきしま姫は仏教の
弁財天(弁天様)と習合されています。

さて、ここは長い回廊を歩きながら参拝することになります。祓殿・拝殿と、
ぐるぐる回廊を回った上で本殿で参拝。そして、そのまま抜けて歩き続けると
修復された能舞台が水の向こうに見えます。さらに回廊を歩くとやがて神社の
外へ。出た途端、今まで非常に神聖な空間の中にいたような気がしました。

この神社はいわば島のひとつの小さな湾に張り出すような形で作られている水
上宮ですが、帰りは神社を回り込んで島の上を歩いて行きます。振り返ると、
もう大鳥居の足は水中に没していました。立派な「海中の大鳥居」になってい
ます。

なお、この神社の名前ですが延喜式には伊都伎島神社とあり、一般にはこれは
「斎き島」であるとされます。またそもそも神名の市杵島姫も語源は同じでは
ないかとも言われます。一般に神社にはその潜在的御神体となる背後の山がつ
きものですが、この神社の場合はこの島の中心にそびえる弥山(みせん)です。
俗説では仏教の須弥山(しゅみせん)から来たものではないかと言われますが、
神道に通じている人の間ではむしろ「御山」(みせん)であろうと考察されて
います。この山の標高は530m。山上には奇岩なども多く祭祀跡もあるそうです
し、今度体力がある時に来たらぜひのぼりたい所ですが、今回はパス。一応、
ロープーウェイもあり、ロープーウェイの発着地の紅葉谷まで送迎バスも出て
はいるようですが、ロープーウェイでのぼっては申し訳ないような気がします。

町並みの方に戻り、ぼちぼちと店を開け始めた紅葉饅頭の店の並ぶ中を抜けて
港へ。フェリーの中から美しい水上の大鳥居をながめながら島に別れを告げま
した。



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