↑ ← → 仮想旅(36)高知:土佐神社
written by Lumiere on 96/12/17 05:10
12月15日・日曜日。

高知市内から一宮行きのバスにのって神社前で降ります。市内に鎮座する土佐
神社。土佐国一宮です。御祭神は味鋤高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)
ですが、一言主神(ひとことぬしのかみ)であるとも言われます。一言主神は
もともと大和の葛城の神様ですが、続日本紀には一時期土佐の国に流されてい
たと書いてありますので、その流されていた先がここなのかも知れません。

なお、味鋤高彦根神は福島の都々古別神社のところでも出てきました。大国主
神と宗像三女神の多岐理姫命の間の子供で、鳥取の倭文神社の所で出てきた下
照姫の同母同父の兄になります。この神様はこのほか奈良の高鴨阿治須岐託彦
根命神社(たかかもの・あじすきたかひこねのみこと・じんじゃ)でも祭られ
ています。国土開発の神のようで、高鴨大明神の別名もあります。

楼門を抜けると両側が高くなった樋の底のような形になった参道を進みます。
やがて鳥居をくぐって拝殿の前に立ちます。ここの神社の社殿は羽を広げたト
ンボのように見える縦長の拝殿と横長の幣殿が十字に交差し、その屋根の連な
りが本殿に入るという、美しい「入りトンボ」と呼ばれる形の屋根を持ってい
ます。火事で焼けた後を元亀元年(1570)に長宗我部元親によって造営されたも
ので本殿の朱は10年ほど前に塗り直されて鮮やかな色彩を見せています。

そういえば、長宗我部元親がこの社殿を造営した時、工事を担当した奉行が領
主親拝までの間、間違っても誰もここを傷つけたりしないように、番人を置い
て監視させていたといいます。ところが元親が来てみると、社の垂木に歌が一
首書き込まれていました。

  元親は長き弓矢の家と聞く 再興までも一の宮かな

役人が驚愕して番人を捕らえ処罰しようとしますが、元親はそれを止めて歌を
読み、「これは人の業ではない。この神社の御祭神が書いたものであろう」と
言って番人を解き放つよう命じたのだそうです。

お参りをしてから回りの静寂な森をながめて一息。その落書きはどこにあるの
でしょうか。



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