↑ ← → 仮想旅(23)福井:気比神宮
written by Lumiere on 96/12/12 12:32
12月10日火曜日。

朝起きるとすぐに身支度をしてホテルを出ます。その足で市内の気比神宮を訪
れました。ここは越前国一宮。

橋を渡り300年以上たっている有名な朱塗りの大鳥居をくぐって森に埋もれた
境内へ。そして戦後建てられた拝殿でお参りする。

ここの御祭神は伊奢沙別命(いざさわけのみこと)で、仲哀天皇・神宮皇后な
ど、その関連の皇族6人を合わせて祭っています。日本書紀の仲哀紀に仲哀天
皇2年に天皇一行が敦賀に来て、「けひの宮」を作って住んだとありますので
それがこの気比神宮の場所ではないかと思われます。伊奢沙別命は日本書紀の
中に見つけることができませんでしが、応神天皇の子供に伊奢之真若王という
人がいますので、その系列でしょうか?

しかしある説では伊奢沙別命はこの土地の神で、武内宿禰(たけうちのすくね)
の夢の中に現れて、皇子の名前を自分の名前と交換しないか?と持ちかけたと
いいます。そして献上したいものがあるから明日海辺に出てみてくれと言った
ので宿禰が朝海に行ってみると傷ついたイルカが打ち上げられていたというの
です。この話は天皇一行がけひの宮に来ていた時のことでしょうか?? だと
するとその皇子とは誰のことでしょう? 誉屋別皇子のことでしょうか?それ
ともまだ生まれていない誉田別皇子(応神天皇)のことでしょうか?

ところでこの気比神社の境内のいっかくに角鹿神社(つぬがじんじゃ)という
小さな社があり、ここに祭られている神様を都怒我阿羅斯等神(つぬがあらし
とのかみ)といい、海の向こうからやってきた角の生えた人であったという伝
承が残っています。そして奇妙なことに、この神社の名前がこの敦賀(つるが)
の町の名前のもとになったとされるのです。これはどういうことなのでしょう
か。町の名前の元になったということは、この神様こそが元々のこの町の氏神
だったのでしょうか?? 色々とこの地には謎があるようです。



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