↑ ← → 仮想旅(20)岐阜:水無神社
written by Lumiere on 96/12/12 03:54
名鉄で名古屋駅に戻り、10:40のワイドビューひだ5号にのって車内でお弁当を
食べ、12:49に高山に着きます。

目的地はここからバスで少し南下した飛騨一宮・水無神社(みなしじんじゃ)。
一般には「みなしさん」とか「すいむさん」と呼ばれて親しまれているようで
す。本当は高山の一つ前の駅の飛騨一宮で降りたいところですが、列車の連絡
が無いので高山下車になります。ここの地名は「宮村」。この神社のためにあ
るかのごとき名前です。

ここの御祭神は水無神(みなしのかみ)。ご神体は位山(くらいやま)そのも
ので、山頂に奥宮があります。創建は成務天皇の時代。成務天皇は前回出てき
た日本武尊の弟君ですね。「みなし」という神名は位山を水源とする宮川がこ
の神社の近くで伏流して水無川になるためというのが俗説ですが、とにかくも
基本的に水と農業を司る神であったようです。神仏混淆時代には水無大菩薩と
も呼ばれていました。

このご神体である位山の名前の由来は、聖武天皇の時代にこの山のあららぎの
木で笏(しゃく)を作り、天皇に献上したところ、天皇がその木の美しさに感
動してあららぎを「一位」と命名し、その一位が取れる山だから、ということ
で位山になったとされます。しかし一方ではこの位山の神は天皇に位を授ける
神なので位山というのだという説もあります。実際、この位山が重要視される
ようになったのは聖武天皇よりもずっと前な訳で、少なくとも天武天皇の時代
以前ではあろうと思われます。

この位山は御岳信仰と密接な関連があり、この頂上から木曾御岳山がきれいに
見えます。しかも冬至の日に位山から日の出を見ると、太陽がちょうど御嶽山
の頂上のところから登るのだそうです。それを見た古代の山岳宗教の修行者た
ちはそこに計り知れない神秘を見たのではないでしょうか。そもそも「飛騨」
とは「日玉」或いは「日霊」ではないかとも言われ、位山に残る祭壇石と呼ば
れる磐座(いわくら)は古代の太陽神の祭祀場跡ではないかとも言われていま
す。またこの山はピラミッドがあると散々騒がれたこともあります。

さて、菊の紋章の垂れ幕がかかった拝殿でお参りを済ませ、位山の方を見上げ
ます。面白いことにこの水無神社から位山の頂上を見る線を地図上で延長して
行きますと、壬申の乱と関ヶ原の合戦という二つの天下分け目の戦いの舞台と
なった関ヶ原にたどりつきます。この辺りは何かありそうなのですが、その話
はまたいづれ。

今日はともかくも神社を後にし、次の列車まで時間があるのでこの旅では初め
ての息抜きで飛騨民俗村に行きます。白川郷にあった合掌造りの民家が多数設
置されています。御母衣ダム建設の際、水没する運命にあった民家をここに移
築したものとのこと。

見ていると「木曽路は全て山の中...」という島崎藤村の「夜明け前」の冒頭
の文章がなぜか浮かんで来ました。そういえば藤村のお父さんは水無神社の神
官で、そのお父さんこそがこの「夜明け前」のモデルであるとされていたので
した。

駅に戻ります。15:03のワイドビューひだ7号で富山へ。到着16:27。今日はこ
こで泊まりです。駅前のホテルに投宿。早めの晩御飯を食べ、お風呂に入って
ゆっくりと体をほぐし、早々に睡眠に付きます。こういう長旅はとにかく寝る
のが一番。こうして12/08の夜はふけました。



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