金刀比羅宮
大物主神・崇徳天皇

御祭神を見て?と思う人も多いと思うのですが、それは明治時代の神仏分離の後遺症です。

この金刀比羅宮は昔は松尾寺という真言宗のお寺で、守護神として金毘羅様をお祭りしていました。

この金比羅様というのは、元々は薬師如来の十二神将の筆頭・宮比羅大将(インドではクンピーラ)のことで、般若守護十六善神の一に数えられる守護神であり、お釈迦様が修行したというヒフラ山の守護神でもあります。このヒフラ山は形が象の頭に似ているされ象頭山(ぞうずさん)とも呼ばれました。

松尾寺の御本尊は釈迦如来で、その守護のために金毘羅が祀られ、裏山を釈迦の修行の地に名を借りて象頭山と呼びました。それがやがて神仏習合によって金毘羅自体に神名が与えられ象頭山金比羅大権現となったのです。

ところが明治の初期、国家神道を成立させるべく、政府が出した神仏分離令を拡大解釈した国粋主義者たちが各地の寺に押し入り、仏像を壊したり捨てたりするという事件が相次ぎました。後世に廃仏毀釈と呼ばれるものです。

この時、寺の破壊を恐れた、松尾寺の別当・松尾宥暁(ゆうぎょう)は、どっちみち僧職と神職を兼任できなくなったので、寺自体は廃絶させた上で祭神を仏教とは無関係の大物主神と崇徳天皇に変更、この奇策によりここは暴徒たちの矛先を逃れて金刀比羅宮として生き残ったのです。そして現在もこの祭神が踏襲されています。

金毘羅様は元々ワニの神とされ、水に関連が深い上に、象頭山が瀬戸内海を航行する船の目印になったことからいつしか船の守り神とされるようになりました。特にこの付近を根拠地とした塩飽水軍が熱烈に信奉し、「流し樽」という風習も生まれました。

これは沖を通る船が金毘羅様にお参りする為に、「奉納金比羅大権現」と書いた幟を立て、船の名前と航海安全を祈る祈祷文、そして初穂料を入れた樽を海に流すものです。岸に流れ着いた樽は地元の人が拾って神社に届けてくれる仕組になっています。

なんとも、のどかな風習ですが、金比羅様についてはもうひとつのどかな風習があります。昔、お伊勢さんとか、この金比羅様に参拝しようという人は全国から来ましたが、中には旅の途中で、疲労からダウンしたり、旅の継続を断念して地元に帰るような人たちも多数いました。

その時、一般に行われたことは、同じ目的地に行く、別の人に旅費と初穂料を渡し、自分の代わりにお詣りして欲しいと依頼することでした。その頼まれた人もダウンするとまた別の人に託して、というわけで次々とリレーされていったのですが、この時、金比羅様の参拝に関しては、犬の首に旅費と初穂料をくくりつけて、自分の代理とし、その犬をリレーしていく、ということも行われました。これを代参犬といいますが、金刀比羅宮の参道の階段の途中には、そういったたくさんの犬の代表として「代参犬ゴン」の像が立っています。

なお、一般に金比羅様は航海の目印となる山に御鎮座するため、海の神様にも関わらず山におられるのですが、金刀比羅宮の場合も本宮まで785段、奥宮まではそれプラス583段の階段をのぼったところにあります。なお、上記の代参犬ゴンの像のすぐ上のあたりに、立派なお社があり、しばしばこれを本宮と思ってここで帰ってしまう人もあるのですが、これは旭社。本宮はもう少し先ですので、頑張りましょう。

なお、帰りは裏道の坂を下った方が楽なようです。



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