恵比寿神

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恵比寿神
恵比寿 えびす

蛭子系:神戸市の西宮神社
少彦名系:東京の神田明神など
事代主系:堺市の石津神社
島根県の美保神社など
えびす様は一般に漁業と商売繁盛の神様としてだいこくさまとともに庶民に人気があります。正月10日の十日戎には毎年たくさんの参拝者があります。

漢字では恵比寿・恵比須・戎などと書きます。

さて、このえびす様には実は主として3つの系統があります。

蛭子説

えびす様の出自で最も有名なのは、蛭子神(ひるこのかみ)であるという説で、そのため蛭子と書いて「えびす」とも読みます。

蛭子大神は日本の創成神である伊弉諾(いざなぎ)神・伊弉冉(いざなみ)神の最初の子供で、足腰がたたなかったため、そういう子は葦の舟に乗せて流すとよいという伝説により海に流されました。そして漂着したのが兵庫県の西宮で、ここで成人し、漁業の神・商売の神となったものです。そういう訳で蛭子大神は西宮大神として西宮神社に祭られており、ここが蛭子系えびす神信仰の中心的存在になっています。

ただし、この漂着神話は堺市の石津神社・石津太神社にもあります。ただしこちらは事代主神です。石津太神社ではこの漂着した事代主神は五色の玉を持っていたとされます。この玉は神社前の通りに埋められており、四角い箱形の石の上に三角形の石が乗っています。そしてこの神玉が浮き上がったら天変地異があると伝わっています。

戦時中軍人がこれを動かそうとしたら突然目に激痛が走り失明したそうです。また江戸時代に邪魔だからどかそうとした藩主は急に苦しみだして死んだそうです。

少彦名神説

次にえびすは少彦名神(すくなひこなのかみ)であるという説があります。少彦名神は一寸法師の元型とされる小人神で、大国主神と一緒に日本全国を歩いて、開拓をして回りました。

その際各地に温泉を見つけており、その代表は愛媛県の道後温泉、出雲の玉造温泉、神奈川県の箱根温泉です。これらの地区では少彦名神をえびす様としてお祭りしています。また、東京の神田明神の御祭神のえびす様も少彦名神とされています。

この少彦名神説のえびす様の特徴として、ほぼ必ずだいこく様である大国主神(大己貴神)と一緒に祀られているということがあげられます。逆にえびす・だいこくとして一緒に祀られているケースは大半が少彦名神です。

なお、少彦名神は実は淡島様であるという説もありますが、それについて淡島様の項で触れます。

事代主神説

最後にえびすは事代主神(ことしろぬしのかみ)であるという説があります。事代主は大国主神の息子の一人で、託宣を司る神ともいわれ、天照大神のお使いが来て、日本の国土を天照大神に譲るよう言われた時、交渉に当たった神の一人です。

実は西宮神社があまりにも有名であるため、えびすというと蛭子と思っている人が多いのですが、全国のえびす様の祭る神社の大半は少彦名神か事代主神が御祭神になっています。比較的、東日本には少彦名神系、西日本には事代主神系が多いようにも思われますが、必ずしもそうきれいに境界線が引ける訳ではありません。

事代主神の拠点は下記です。

えびすとは

「えびす」というのは、そもそも外来神のことではないかと言われています。外部から来たというのは昔は海を渡ってきた或いは海の向こうへ行ってしまったということで、上記3神は全てその条件に当てはまっています。蛭子神は西宮(或いは堺)の海岸に漂着しました。少彦名神も美保の岬に渡って来ました。事代主神は葦原中国平定の時に美保の海で漁をしていました。

実はえびす神の出自でもうひとつ山幸彦説というのもあります。山幸彦も海に行って帰って来た神なので、同様の連想が働いたものと思われます。



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