大山祇神

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大山祇神
大山祇神 おおやまづみのかみ
愛媛県の大山祇神社, 静岡県の三嶋大社


大山祇神(おおやまづみのかみ)は日本全国の山を管理する総責任者です。その娘に、富士山の神の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)神とその対の存在であり同じ神の両面ともいわれる木花知流比売(このはなちるひめ)神、浅間山の神の岩長姫(いわながひめ)神、稲荷神や大年神の母である神大市比売(かみおおいちひめ)神、などがおられます。

大山津見神、大山積神などとも書きます。伊邪那岐神・伊邪那美神が神産みをした時の子で、奥様の野の神・鹿屋野比売神(かやぬひめのかみ)もその時いっしょに生まれました。(百済から渡って来られたという説もある)

大山祇神は全国約1万社といわれる山祇神社にお祭りされていますが、その中心は、瀬戸内海の大三島に御鎮座する大山祇神社です。一説によれば仁徳天皇の時代に創建されたという、古い神社です。中世には瀬戸内海の水軍に篤く信仰され、そのため、武神とみなされることもあります。この神社には多数の鎧・兜が納められており、国宝・重文級のもの多数あります。その数は全国の国宝・重文クラスの鎧兜の7割にも達するそうです。

静岡県三島市の三嶋大社は、一説によれば平安時代にこの大山祇神社の御祭神を勧請して創建されたと伝えられています。その地は娘の木花咲耶姫が管理する富士山のそばですので、ひじょうにふさわしい地であるということになります。ただ、この三嶋大社については、いろいろ複雑な経緯があるようで、それについては、三嶋大社の項を参照して下さい。こちらは全国の三嶋神社の総本社になります。こちらも特に鎌倉幕府・江戸幕府に保護されて、東国の武士たちに武神として篤く信仰されています。

山の神、武神、とあとひとつのこの神の性格は、実は酒神としてのものです。

木花咲耶姫が邇邇芸命と結婚して、子供が生まれた時に、狭奈田の茂穂で天甜酒を作り神々に振る舞ったという話があり、そこから、大山祇神を酒解神、木花咲耶姫を酒解子神として、酒造りの人たちの間でお祭りされています。この系列には京都の「日本第一酒造祖神」梅宮大社などがあります。

なお、大山祇神の主な子は次の通りです。

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)・・・富士山の神。邇邇芸命の妃
石長姫(いわながひめ)・・・浅間山の神。
木花知流姫(このはなちるひめ)・・・素戔嗚神の子の八島士奴美神の妃
足名椎命・手名椎命・・・櫛名田姫の両親。

天之狭土神・国之狭土神、
天之狭霧神・国之狭霧神、
天之闇戸神・国之闇戸神、
大戸惑子神・大戸惑女神

上記8神については、古事記の伊邪那岐神・伊邪那美神の神産みの所に記述されています。


(追記)
大山祇神の重要な拠点として高槻市の三島鴨神社があります。すぐそばに溝咋神社があり、溝咋一族との関連もうかがわれます。一説によると、大山祇神は大陸から渡来した後、最初溝咋一族に保護されてこの地におられ、その後、瀬戸内海の大三島に移動したとも言われています。その三島鴨神社には事代主神も祭られています。事代主神は奈良の葛城で生まれた神ですが、この時期、三島鴨に滞在して、溝咋姫の所に盛んに通って、やがて結婚しました。そして出雲に移動なさいますが、ここで国譲りの結果出雲を出ることになり、伊豆に移動して三島神社の主となっています。

この高槻市の三島鴨神社は神様たちの大移動の重要ポイントなのです。



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