私は個人的に、全く何の根拠も無いのですが、咲耶姫が昼の顔あるいは春の顔で、散姫が夜の顔、あるいは秋の顔なのではないかという気がしています。
ここで少し面倒なのが、咲耶姫というのは邇邇芸命の妃神であり、邇邇芸命というのは国譲りの結果、天から日向の地に降臨してきた神です。国譲りというのは天神たちが地神の代表である大国主神にその国を自分たちに譲れと要求した事件です。そしてその大国主神の祖父のまた祖母、つまり4代前にあたるのが散姫です。
つまり時代が大幅に跳躍しているのですよね。
ひょっとしたら、桜の花が毎年春先に咲いては散るように、咲耶姫と散姫というのも毎年生まれては消えて行く神なのかも知れないなどと妄想したりもします。ですから出雲で八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)と結婚した散姫より数百代後の咲耶姫が、邇邇芸命と結婚したのかも知れません。
そもそも大山祇神は、咲耶姫と結婚すればその子孫は寿命が短く、石長姫と結婚すればその子孫は寿命が長くなっていたと言っています。それは咲耶姫自体の寿命がとても短いことを表しているのかも知れません。