木花知流姫神

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木花知流姫神
木花知流姫神 このはなちるひめのかみ

木花知流姫神は富士山の神として知られる木花咲耶姫神(このはなさくやひめのかみ)と対の神であり、あるいは同じ神の別の面を表したものとも言われています。

私は個人的に、全く何の根拠も無いのですが、咲耶姫が昼の顔あるいは春の顔で、散姫が夜の顔、あるいは秋の顔なのではないかという気がしています。

ここで少し面倒なのが、咲耶姫というのは邇邇芸命の妃神であり、邇邇芸命というのは国譲りの結果、天から日向の地に降臨してきた神です。国譲りというのは天神たちが地神の代表である大国主神にその国を自分たちに譲れと要求した事件です。そしてその大国主神の祖父のまた祖母、つまり4代前にあたるのが散姫です。

つまり時代が大幅に跳躍しているのですよね。

ひょっとしたら、桜の花が毎年春先に咲いては散るように、咲耶姫と散姫というのも毎年生まれては消えて行く神なのかも知れないなどと妄想したりもします。ですから出雲で八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)と結婚した散姫より数百代後の咲耶姫が、邇邇芸命と結婚したのかも知れません。

そもそも大山祇神は、咲耶姫と結婚すればその子孫は寿命が短く、石長姫と結婚すればその子孫は寿命が長くなっていたと言っています。それは咲耶姫自体の寿命がとても短いことを表しているのかも知れません。

この先は全く勝手な妄想なのですが、咲耶姫と散姫が同一人物であるなら、あるいは邇邇芸命と結婚して、海幸彦・山幸彦などの三兄弟を産んだものの、邇邇芸命から浮気を疑われたので、その元を去り、咲耶姫から散姫と名前を変え、タイムトラベルして時代を遡り、諸国を巡っている内に出雲で八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)と出会って結婚し、大国主神の先祖にあたる布波能母遅久奴須奴神(ふはのもじくぬすぬのかみ)を産んだのではないかと・・・・考えたりもするのです。(ただの妄想です)
木花知流姫神は大山祇神の娘であり八島士奴美神(須佐之男神櫛稲田姫の間の子)の妃神で、大国主神の祖父の祖母にあたります。詳しい系譜は須佐之男神の項を参照してください。

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