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三島溝咋姫 みしまのみぞくいひめのかみ |
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大阪の溝咋神社 伊豆の広瀬神社 |
三島溝杭姫、溝咋玉櫛媛、活玉依姫、勢夜陀多良比売、などと書かれています。
大阪の淀川と並行して流れる安威川の水利を管理していた三島溝咋の娘で、事代主神は奈良盆地から木津川(当時は鴨川と言った)・淀川を通って、ここへ通って来られていたといわれ、旧事本紀には事代主神が八尋の熊鰐に化して通ったという記事があります。
この説話は出雲にも残っており、出雲では事代主神は美保神社(美穂津姫を祭る神社で、美穂津姫は事代主神の妻ともいわれますが、義母の可能性もあります)の場所から揖屋に住んでおられた溝咋姫のところへ諸手船で通っておられたとのこと。この場合経路は中海になりますが、この時にワニに足をかじられたという話が残っています。旧事本紀のワニに化してという話が変化したものでしょう。