櫛名田姫

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櫛名田姫
櫛名田姫 くしなだひめ
(解説記事参照)
各地の櫛稲田神社,及び素戔嗚神をお祭りする神社

櫛名田姫(くしなだひめ)は素戔嗚神(すさのおのかみ)の妃神ですので、ほとんどの場合、素戔嗚神といっしょにお祀りされています。

従って、関東方面の氷川神社、関西方面の八坂神社、京都の今宮神社、などにお祀りされています。

この神の名前は、色々に書かれます。古事記では櫛名田比売(くしなだひめ)ですが、日本書紀では奇稲田姫(くしいなだひめ)になっています。そこから、稲田姫、櫛田姫などとも呼ばれます。

櫛名田姫が主祭神になっている場合は、櫛田神社、櫛稲田神社などという名前になっています。私が探した所、次の5つを見つけました。

富山県大門町 櫛田神社
御祭神 須佐之男命, 櫛名田比売
石川県七尾市 久志伊奈太伎比羊神社
御祭神 奇稲田姫, 天照大神, 豊受大神
石川県七尾市 久志伊奈太伎比羊神社
御祭神 奇稲田姫, 大鷦鷯命
佐賀県神埼町 櫛田宮
御祭神 素戔嗚命, 櫛田姫命, 日本武命
福岡県福岡市 櫛田神社
御祭神 大幡主大神, 天照大神, 素戔嗚大神

大鷦鷯命は「おおなむじのみこと」と読んで下さい。大己貴神、つまり大国主神のことです。つまり親子神をお祭りしていることになります。

神埼町の日本武命は「やまとたけるのみこと」と読んで下さい。読めれば誰かは分かりますね。

さて、問題が最後の、福岡市・博多の櫛田神社です。

ここは7月の祇園山笠で有名なところですが、「祇園」の名の通り、素戔嗚神をお祭りしていますが、素戔嗚神は右殿(須賀宮)の神で、正殿(櫛田宮)には大幡主神(おおはたぬしのかみ)がお祭りされています。ちなみに左殿(大神宮)には天照大神がお祭りされています。

社伝によれば、天平宝字元年(757)に、伊勢国松坂の櫛田神社を、当地の産土神として勧請して宮を建てたのがこの神社の始まりであるとされています。その時、松坂の櫛田神社(この所在を調査中)の御祭神・大幡主神は元々天照大神にお仕えしている一族の神であったため、天照大神と離れられないということで天照大神もいっしょに勧請されることになったとのことです。

そして更に天慶4年、藤原純友の乱を鎮めるため、この地の者が京都の八坂神社に祈願したことから、素戔嗚神を当地から勧請し、奉斎することになったとのことです。

そして、この問題の大幡主神なのですが、別名を大若子命といい、天御中主神の19世の孫で、北陸地方で怪物退治をした英雄神である、とされています。そういえば、櫛田神社が北部九州のほかは北陸に3つあるのも符合しているような気もします。

大若子という名前からは、京都・梅宮大社の御祭神を連想しますが、梅宮大社の大若子というのは邇邇芸命のことだと思いますので、それとは別神で名前が偶然一致しているだけかも知れません。

大幡主神が伊勢におられる理由は、実は豊受大神を伊勢にお迎えした縁起に絡んでいます。

雄略天皇の22年天照大神が倭姫命の夢枕に立たれ、安心して食事を取れるように丹波国の真奈井原から止由気大神を呼んで来て欲しい、とおっしゃいました。そこで倭姫命が大幡主命を天皇の許へ派遣し、その旨をお伝えしたところ、山田原の地に社殿を営み、豊受大神宮がお祭りされることになったとのことです。

この話は最初の、大幡主神が天照大神にお仕えしていたという話と符合します。

ここまで調べて、私はこの博多の櫛田神社だけは、櫛田神社の名前はあっても、櫛田姫とは無関係か、と結論づけようとしたのですが。。。。。

やはり、そうでもなかったようです。上記が一応定説ではあるのですが、異説がありました。

まず、名著刊行会の「日本社寺大観」に収録されている説です。

それによると、一説ではこの櫛田神社は、肥前の櫛田宮と同様に奇稲田姫をお祀りするものであるとし、社伝の大若子云々については、伊勢の櫛田に付会してできた説ではないか、ということです。

つまり、やはり櫛田神社は櫛田姫をお祭りするものだという説もあった訳です。

また、地元で出ている観光案内(書名確認を忘れました。あとで再度確認します)には、更に別の説も出ていました。

それは、櫛田神社の御祭神は豊鋤入姫(崇神天皇の皇女で、天照大神を初めて笠縫村にお祀りした方)ではないかというのです。これは、大幡主神というのが、天照大神にお仕えしていたという話から出たものではないかと思われます。

さらにその本では、肥前の櫛田宮を勧請したという説もあると述べた上で、それは博多の櫛田神社ではなく、同市早良区野芥の櫛田神社のことではないかと述べています。

しかし、この大幡主神がもし櫛名田姫であるのなら「幡」はむしろ「畑」あるいは「播田」「栄田」なのかも知れません。

さて、閑話休題。

櫛稲田姫というのは、その名の通り、基本的には水田の神様であろうと思われます。そこに雷神である素戔嗚神が訪れて、充分な雨を降らせ(素戔嗚の神が泣いてばかりいたという記事は注目に値する)、豊かな秋の実りをもたらす、というシンボリズムが見られる、という意見はよく耳にします。

また、櫛稲田姫と素戔嗚神との間の子八島士奴美神の妃神は、大山祇神の娘・木花知流比売(このはなちるひめ)です。花は散って実がみのります。このあたりも面白いシンボリズムでしょう。

なお、櫛名田姫の両親は上記、大山祇神の子供の足名椎命・手名椎命であることが古事記に記載されています。



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