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経津主神 ふつぬしのかみ 布都御魂神(ふつのみたまのかみ) |
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奈良県の石上神宮 千葉県の香取神宮 各地の春日神社 |
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建御雷之男神 |
ただし、古事記や旧事本紀では、この神様は建御雷之男神と同じ神様であるとされています。
千葉県と茨城県の県境付近に、対をなすように、香取神宮と鹿島神宮が建っていますが、この香取神宮にお祭りされているのが経津主神、鹿島神宮にお祭りされているのが建御雷之男神です。
この両神は後に奈良の春日大社に勧請され、その後全国の春日神社でお祭りされるようになりました。
しかし、経津主神については、元々、奈良の石上神宮にお祭りされている布都御魂神と同じ神様であろうと、一般に考えられています。
この神の名は、剣を「振る」の意味、また剣を振った時に「フッ」という空気を切り裂く音がすることから生まれたものと言われています。古代に朝廷の軍事を統括していた物部一族が祭る重要拠点であり、ここは朝廷の武器庫でもありました。
古事記の神武天皇の章によると、神武天皇東征の時、天照大神と高木神が建御雷之男神に託して神剣を神武天皇に届けさせました。この剣を布都御魂といい、これが石上神宮の御神体となっています。
また、この神社には、蛇麁正(おろちのあらまさ)あるいは天蝿折剣(あめのははきりのつるぎ)と呼ばれる剣も奉納されました。これはかつて素戔嗚神が八股大蛇を退治した時の剣です。これは日本書紀神代上の一書に書かれています。
また、ここには国宝・七支刀(ななつさやのたち)も奉納されています。これは日本書紀の神功皇后の巻で神功皇后52年9月に百済から奉られたと記されている剣で、物部一族の象徴・神宝ともいえる剣です。
ここから西に高来の里がある。古老がいうことには「天地の権輿、草木がものをよく言うことができたとき、天より降って来た神、お名前を普都大神と申す神が、葦原中津之国を巡り歩いて、山や河の荒ぶる邪魔ものたちをやわらげ平らげた。大神がすっかり帰順させおわり、心の中に天に帰ろうと思われた。その時、身におつけになっていた器杖の甲・戈・楯およびお持ちになっていた美しい玉類をすべてことごとく脱ぎ棄ててこの地に留め置いて、ただちに白雲に乗って蒼天に昇ってお帰りになった。」この地が香取神宮のルーツになるようです。香取の名前は日本書紀神代下の一書に、楫取の名で出てきます。ここに経津主神と建御雷之男神をお祭りしたことが記載されています。
諸氏の論じる所では、この香取・鹿島の地は元々、中臣氏(藤原氏)の勢力範囲で、そこに自分たちが祭っていた神を後に、春日大社に勧請して、新しい祭祀を始めたのであろということです。ただ、この経津主神については、石上神宮との関連で物部色のある神様なのですが、春日大社ができるころには、既に神道の全般が中臣氏の管理するところになっていたため、問題なかったのであろうという意見もあるようです。
なお、春日大社にお祭りされているのは、武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神の四柱です。