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全国66ヶ国お寺巡り99(74) 陸奥
盛岡駅に戻ったのは10時前でした。10:17の特急はつかり5号に乗って青森へ。 そして10分の連絡で、奥羽本線上り特急かもしか2号に乗って弘前(ひろさき) へ。到着は13:08。ここは陸奥の国・津軽です。 もともと66ヶ国の陸奥(むつ)というのは現在の福島県・宮城県・岩手県・ 青森県という4つの県を完全にカバーする巨大な領域です。 しかしそれを細かく見るときは、福島県の磐城・岩代、宮城県の陸前、岩手 県の陸中、そして青森県の陸奥と分割します。つまり陸奥というのは広い範 囲に対する名称とこの青森県の領域に対する名称を兼ねています。また現在 「むつ市」という市がありますが、これは下北半島の斧の形の刃のつけねの 部分にある市で、日本三大霊場のひとつ恐山のあるところです。 恐山は残念ながら今の時期は開いていません。5月からです。冬の間は道路 の除雪もしませんので、スキーなどでしか行くことができません。下北半島 や十和田湖・八甲田などは4月末まで雪に閉ざされています。私は一度5月 初めの八甲田に行ったことがありますが、道路の横は3〜4mの高さの雪の 壁でした。 この青森県・陸奥の国は実は東西で大きく文化が異なっています。東側は旧 南部藩に属しており、岩手県の北の方と共通の文化を持ち「南部弁」が使用 されています。西側は旧津軽藩で、こちらは「津軽弁」。両者は発音から 単語から全く共通性がなく、お互いに全く通じません。私は子供の頃、この 南部地区に住んでいた時期があるので、今でも南部弁はなんとか分かります が、津軽弁は全く分かりません。 青森県の県庁はこの津軽藩と南部藩の境界線上の青森市に置かれています。 さて、今日降り立ったのはその津軽藩の城下町、弘前(ひろさき)。弘前城は 桜のきれいなところなのですが、今はまだ早いようです。やはり4月下旬で しょうか。また菊人形のお祭りがある時に来るのもいいと思います。 今日行く場所は、駅から約2km離れたところにある銅屋町の最勝院。 この最勝院は一般に「弘前の五重塔」のある場所として知られています。 しかし地元では「大円寺の五重塔」と呼ばれているそうです。それはこの五 重塔が以前大円寺(現大鰐町)の所有物であったため。大円寺が移転した時 に、この塔が最勝院に譲られたのです。 この五重塔は江戸時代までに作られ現存する五重塔の中で、日本最北のもの です。 津軽統一戦争で亡くなった人々の供養のため、大円寺6世の京海が発願して 明暦2年(1656)着工されました。その後いったん工事が中断したあと津軽藩 4代藩主信政公の時、寛文7年(1667)に完成しました。 高さ31.2m。うち塔身高21.9m,相輪9.4m。三間五層。心柱が5層から2層の 床下つまり初層の天井のところまでしかないという変わった構造。またこの 相輪の長さはこの時期のものとしては長い部類に入るといいます。国指定重文。 長年の風雪に耐えて来ましたが1991年の台風19号で傾いてしまったため解体 修理が行われました。この結果正確な建造年が分かったもの。1994年工事完了。 初層には大日如来像が安置されているとのことです。ただしこの塔の内部は 公開されていません。 ということで、ここは外からお参りさせて頂き、そしていよいよ最後の地へ の旅に出ます。