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←↑→ 全国66ヶ国お寺巡り99(72) 羽後


山寺駅を10:37の快速仙山3号に乗り、10:56山形に付きます。これから秋田
方面に向かうのですが、今ここは新幹線の工事中です。山形駅11:15の代替
バスに乗って13:23新庄着。ここですぐ接続の陸羽西線に乗り、14:21余目に
到着。ここから今度は14:26の羽越本線で秋田方面に向かいます。

15:08象潟(きさかた)に到着。今日最後の目的地は駅から1キロほどの距離
にある皇宮山蚶満寺(かんまんじ)です。曹洞宗の古刹。ここは鳥海山の麓
です。

その昔、神功皇后が朝鮮征伐をしたあと、この地に戻ってきたという伝説が
あります。そのとき皇后は龍宮の神より授けられた干珠満珠を持っていたと
いいます。

その後、称徳天皇の御代、蚶方法師という人が神功皇后の霊夢を見てこの地
に庵を結び皇后殿を建立しました。

そして仁寿3年(853)慈覚大師がこの地を訪れた時、神功皇后伝説に感動して
この寺を再建。干珠満珠にちなんで干満珠寺と名付けました。

後、鎌倉時代には北条時頼が来訪、寺名を干満寺に改めて、寺に北条氏ゆか
りの三ツ鱗の紋所を許します。

この寺には現在、神功皇后が衣を掛けたという袖掛堂、慈覚大師お手植えの
犬楠、北条時頼手植えのつつじ、また、西行が歌に詠んだ「西行桜」と芭蕉
の句碑が立っています。

 西行法師:蚶方(きさかた)の桜は浪に埋もれて花の上漕ぐ海士の釣り舟

芭蕉は奥の細道において、山寺に寄ったあと、「五月雨を集めて早し最上川」
で最上川を船で下り、羽黒山・月山・湯殿山と出羽三山を見てから酒田、そ
して象潟に至ります。この象潟は奥の細道の行程で一番北に当たる場所です。

ここで芭蕉は次のような句を残しています。

 象潟や雨に西施がねぶの花
 汐越や鶴はぎぬれて海涼し

ここで「西施」とは中国の古代の美女。「傾城」とか「ひそみにならう」と
いう言葉を生んだ人です。「ねぶ」は西施が眠るというのと、合歓の花を掛
けてあります。

また、「汐越」とか「海」とか芭蕉は詠んでいますが、実は今はこの場所は
陸地です。芭蕉が訪れたのは元禄2年(1689)なのですが、その100年後の文化
4年(1804)6月4日、この地方を襲った鳥海大地震のため、海が隆起して丘に
なってしまいました。それ以前は、松島のようなリアス式の海岸線が見られ
たとのことです。

しかし、この丘になってしまった象潟を、藩主の六郷氏は新しい水田として
開拓しました。そのため、夏になって水が入ると、昔の九十九島が水田の上
に浮かんで、芭蕉が見た美景が復活するのです。

なお、この寺には他に、天災の前には泣いて知らせるという夜泣きの椿や、
能因法師の腰掛けの石などもあります。

現在4月7日。この旅も大詰めです。




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