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善光寺を出て長野駅に戻ると15時過ぎでした。長野新幹線に乗ります。

15時31分のあさま528号に乗って、16時16分に高崎着。今日はここで泊まっ
ておきます。

翌4月5日(月)。朝7:06の両毛線に乗り、7:34伊勢崎着。ここから東武伊勢崎
線に乗って、約13分で世良田に着きます。

今日最初に訪れるのは、群馬県尾島町・長楽寺です。

駅から南へ歩いていくと、やがて八坂神社、そして長楽寺・東照宮・東毛歴
史資料館などがある一区画があります。

群馬県には新田一族の香りが漂っています。

八幡太郎・源義家の孫、義重はここ世良田に館を築き、新田庄を領して新田
姓を名乗りました。また、その子の義季は得川郷に住して得川姓を名乗りま
す。新田義重は新田義貞の先祖、得川義季は徳川家康の先祖に当たります。

その後新田一族は建武の中興の時に最後まで後醍醐天皇に付き従った為足利
幕府に睨まれ、得川の一族の得川有親は三河の国に流れていき、そこで酒井
家に保護されて松平家に婿入りします。これが松平家康とその四天王の一人
酒井忠勝へとつながっているわけです。

そういった経緯でここは徳川家発祥の地として江戸時代たいへん重要視され
「お江戸見たけりゃ世良田にござれ」とも歌われました。ここ長楽寺は得川
義季が後鳥羽上皇の勅願によって建立したお寺です。世良田山真言院長楽寺。
天台宗に属します。

当初は禅寺で開山は臨済宗の祖である栄西の弟子の栄朝禅師。承久3年(1221)
建立ですが、正和年間に一度火災に遭い、再建されたもののさすがに戦国時
代にはやや寺勢は落ちていたようです。それを江戸時代になってから天海上
人が自ら入山して伽藍を再建。日光東照宮の旧社殿をここに移築しました。
これが現在長楽寺の隣にある東照宮で、本来は両者は一体のものです。天台
宗に変わったのもこの時と思われます。

正面の三仏堂には阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来の三仏。禅寺的な構成で
す。中央の前方後円墳「文殊山」には得川氏代々の墓。その背後の開山堂に
は栄朝禅師像や得川義季夫妻像、天海上人像など。また大師堂には滋恵大師
・滋眼大師の像ほか、家光寄進の釈迦・文殊・普賢の三尊像、そして徳川歴
代将軍の霊碑が納められています。




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