←↑→ 全国66ヶ国お寺巡り99(64) 美濃

岐阜県は北部の山の多い地域が飛騨、南部が美濃になっています。飛騨の谷
あいを抜けて北上すると、北陸・富山になります。

さて今日は千光寺に行ったあと待ってもらっていたタクシーで高山まで戻り、
駅の近くで時間調整を兼ねた資料あさりをした上で、再びJRに乗車。この
谷あいの道を南下して美濃太田まで戻ります。到着時刻は17:35。太多線に
乗り換えて18:19多治見着。今日はここで泊まりです。

翌4月4日(日)。ホテルをチェックアウトし、駅前からバスに乗り虎渓山へ。
バス停から10分くらいでしょうか。

ここは虎渓山永保寺。臨済宗南禅寺派の大寺院です。ここは庭園(国名勝)の
美しさが有名で、半分これを目当てとした参拝客が多いところです。

虎渓山とは、ここが中国廬山の虎渓に似ているとされたことからでた名称。
正和2年(1313)に土岐頼氏の招きで夢窓国師が庵居したのを始まりとします。

その夢窓国師は法弟・仏徳禅師(元翁本元)に後事を託して京都に戻ったため、
この寺の開山は仏徳禅師とされています。後醍醐天皇・後光明天皇らの勅願
所となり、応仁の乱の時は今も残る開山堂と観音堂(旧本堂)をのぞいて焼失
しましたが、その後再建。江戸時代には末寺約30の大寺院となっていました。

観音堂は観音閣・水月場とも呼ばれます。これは夢窓国師が作った建物の中
で、唯一現存するものです。方五間の重層建築。きれいに反った裳階と屋根
が印象的な美しい建物です。中におられます観音様がこれまた、とても柔ら
かな表情のいい感じの観音様です。また、この観音堂の前には臥竜池が広が
り、観音堂の前に無際橋が掛かります。

開山堂は仏徳禅師の手によるものです。後光厳天皇の勅願所として文和元年
に建てられました。この建物は前の礼堂・後の祠堂に分かれ、合の間でつな
ぐという変わった形式が採られており、神社の権現造りの原型ではないかと
いわれています。神社建築に興味のある方は必見の建物でしょう。中には
仏徳禅師と夢窓国師の像が納められています。

なお、観音堂・開山堂ともに国宝に指定されています。

それから永保寺のホームページはとても素敵なサイトです。永保寺の境内の
写真も多数入っていますので、その美しさを堪能してください。ボリューム
的には、私も真っ青になるくらい、膨大な量あります。迷子にならないよう
お気をつけください。入口は数カ所あるようですが、下記が正門のようです。

   http://www.tajimi.com/eihoji/index.html

こういうホームページを見ると、私もメラメラとやる気が涌いて来ます。




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