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←↑→ 全国66ヶ国お寺巡り99(58) 尾張


豊川からJRに戻ってもいいのですが、名鉄を使ってみましょう。豊川駅は
名鉄とJRの駅が並んでいます。名鉄豊川線を国府で乗り換えて名古屋本線
で金山まで行きます。所要時間は約45分。ここで地下鉄に乗り換えて降りた
駅は上前津。時刻を見ると3時前でした。今日3ヶ所目の訪問先は万松寺です。

このお寺は、織田信長の父・織田信秀が建立した寺です。開基は信秀の叔父
の大雲永瑞。曹洞宗の寺で山号は亀岳山。

やがて、1551年に信秀が亡くなると、この寺で葬儀が開かれます。その時、
数え年18歳の信長は、馬に乗って寺に乗り付けると、抹香をわしづかみにし
て、仏前に投げつけました。人々はこの跡取り息子の出来の悪さは感じてい
ましたが、この事件でそれを明確に認識しました。

当時、織田家自体が3家に分かれていましたし、信長の兄弟に信広・信行が
いてその中で必ずしも信長の評価は高くなかったようです。しかし尾張の統
一を進めつつ道半ばで亡くなった信秀の目には信長が一番有望に見えていた
ようです。

信長はやがて自分の意と合う家臣だけを組織。その機動性によって、尾張を
統一、そして更には天下統一へと進んでいくことになります。信長の初期の
家臣団と亡くなった頃の家臣団は全く構成が異なっており、羽柴秀吉・明智
光秀なども信長の実力至上主義により登用され、重用されていたのでしょう。

この万松寺は身代わり不動でも知られています。これは信長がある時鉄砲で
狙撃されたものの、たまたま懐中に持っていた餅に当たって命拾いをしたこ
とがあり、これは日頃信心しているこの万松寺のご本尊のお不動様が身代わ
りになってくださったのであろうということにされたためです。




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