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さて、方向寺からバスで金指駅に戻って天竜浜名湖鉄道に乗り続けてもいい
のですが、ここは一気に浜松まで行くことにしましょう。所要時間は1時間
ほどです。バスは30分に1本ほどあり、けっこう便利な所。浜松駅に着い
たのは11時頃。ここからまた東海道線を下り、豊橋まで来ます。ここから、
飯田線にのりかえて着いた所は豊川。時計を見ると12時すぎでした。

ここは通称・豊川稲荷で通っているのですが、本体は曹洞宗のお寺で円福山
妙厳寺です。お稲荷さんはこの寺の鎮守社として、寺内の稲荷社に祭られて
います。明治の神仏分離を免れたごくわずかなお寺のひとつです。お寺は駅
から比較的近くにあります。

仏教系では、お稲荷さんのことを咤枳尼天(ダキニてん)と呼んでいます。
ダキニ天は京都東寺に伝わる胎蔵マンダラにも描かれていますので、当時、
これは仏教の守護神であるからと言い逃れて、ことなきを得たようです。

俗説では、徳川家康が天下を取ることができたのは、この豊川稲荷に祈願し
て、自分が死後ダキニ天に食われてもいいから天下を取らせてくれとしたか
らだともいいますが、果たして家康がそういう邪法までしたかどうか。。。

実際問題として、確かに徳川家康もこの豊川稲荷を信奉して寺領を寄せたり
していますが、そんな大きな取引をしたと思えるほどの寄進ではありません。
そして豊川稲荷が有名になったのは江戸時代中期以降のことのようですから、
徳川家康邪法説はかなりマユツバだと思います。

むしろ豊川稲荷を深く信仰したのは8代将軍徳川吉宗の腹心・大岡忠相です。
忠相は屋敷内に豊川稲荷の分霊をお祀りしており、これが現在の東京赤坂の
豊川稲荷となっています。

妙厳寺は東海義易が嘉吉元年(1441)に創建しました。ご本尊は寒厳禅師由来
の千手観音菩薩。ほかに国の重文に指定されている木造の地蔵菩薩立像2体
もあります。今川義元が山門を寄贈しています。現在の本殿は明治41年に着
工して20年以上の年月を掛け、昭和5年に完成した立派なもの。総欅造りで、
般若殿の「豊川閣」の額は有栖川熾仁親王の筆です。

ここも寺域は広大。約3万坪あります。平日ですが、お昼なのでひじょうに
参拝客が多いです。その人の波に乗ってお詣りをします。




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