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十分な休憩を取ってから山を降ります。またバスで岩瀬駅まで戻り水戸線に
乗ります。岩瀬駅まで戻ったのが昼頃。12:12の友部行きに乗り友部到着12:
37。このまま常磐線上りに乗ってもいいのですが、水戸を通っておきたいの
で下りに乗ります。12:45の電車に乗り水戸到着13:00。ここから鹿島臨海鉄
道に乗り換えます。13:14水戸発の電車で14:35鹿島神宮着。15:21発の久里
浜行きに乗って16:11成田着。成田山新勝寺にお参りします。

承平・天慶年間(935-940)関東では平将門とそれに対立する平貞盛らとの間
で長い戦いが続いていました。朝廷は平貞盛の言い分を認め、将門を制圧す
るための軍を何度か送りますが、将門に破られてしまいます。

万事窮した朝廷は老齢の藤原忠文を征夷大将軍に任命、最後の兵力を率いて
将門討伐に向かわせる一方、遍照寺の寛朝に命じて将門調伏の呪術を施させ
ました。

寛朝はここで高雄山・神護寺の不動明王像を借り受けて関東へ持っていき、
千葉の地で、調伏を行いました。

そしてその甲斐あったのか、将門は藤原忠文が到着する前に、貞盛とともに
反撃の機会を狙っていた俵藤太(たわらのとうた,=藤原秀郷)に討たれてし
まいます。

役目が終わって寛朝は不動明王像を持ち帰ろうとしたのですが、どうした訳
かこの像がその場所から全く動かなくなってしまいました。困ったものだと
思っていたら、夢の中に不動明王が現れ「私はこの場所に留まって、引き続
き関東の守護をしたい」とのお告げがありました。

そこで、寛朝はその場所に寺を建てて、この像をお祭りしました。これが、
この成田山新勝寺です。神護寺からは「貸しただけなのになぜ戻ってこない
?」とクレームが付きますが、動いてくれなかったものは仕方ありません。

なお、討たれた平将門の方はご存じの通り、東京の神田明神に祭られており、
こちらも江戸及び関東の守護神となっています。




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