 
全国66ヶ国お寺巡り99(41)越前
さて、神宮寺でひとやすみしたら今来た道を戻ります。帰りは下りなので、
少しは楽ですが、やはり1時間近くかかります。東小浜駅に帰り着いたのは
ちょうどお昼頃でした。
12:24発の小浜線で敦賀まで戻ります。そして今度は北陸本線をしらさぎ7号
で下り、福井に14:17に到着。ここで京福電鉄に乗って所要時間約40分。着い
たところは永平寺。今日2ヶ所目の目的地です。時刻は15:20くらい。お寺は
駅からほんの数百mのところです。
ここは曹洞宗の高祖道元禅師が開いた、禅の一大道場です。境内は約10万坪。
この広い敷地に七堂伽藍(山門・仏殿・法堂・僧堂・庫院・浴室・東司)を
中心とした70余の建物が並んでいます。ここに毎年全国から大勢の若者が修
行に訪れ、最低1年間の厳しい修行を積みます。その様子は出版されたりイン
ターネットで公開されている多くの修行日記などでかいま見ることができま
す。私などもあこがれてしまいますが、やはり若くないとこの厳しさに耐え
られないでしょうし、記憶力がついていかないでしょう。
道元禅師は正治2年(1200)1月2日京都の久我庄の生まれ。母は摂政関白藤原
(松殿)基房の娘です。早くに両親を失って14歳の時出家。日本に初めて禅宗
をもたらした栄西禅師の弟子・明全に師事して禅の奥義を極めます。その後
更に禅を追求するため中国に渡り、如浄の許で修行。ここで身心脱落の境地
を体験します。結局、彼は明全・如浄という二人の師から印可を貰いました。
帰国後京都で曹洞宗の伝道を始めますが、既成仏教に睨まれ寺が焼き討ちに
あってしまいます。その時信者の一人波多野義重が越前の自分の領地を寄進
するので来ないかと誘います。越州となれば如浄の出身地と同じ名前。感激
した道元は越前に移り、ここに永平寺を建立したものです。
まずは山門。ここには有名なふたつの聯があります。
右:家庭厳峻 不容 陸老 従真門入(陸老の真門より入るをゆるさず)
左:鎖鑰放閑 遮莫 善財進一歩来(さもあらばあれ。善財の一歩を進め来る)
右で入るなといい、左では入れという。禅の道場にふさわしい厳しい言葉で
す。この山門の楼上にはたいへん珍しい釈迦荘厳像がありますが、我々一般
の参拝者は見ることができません。
左手にある僧堂は修行僧が坐禅をし、食事をし、また寝る場所です。中央に
文殊菩薩。どんな修行僧でも最初はここでわずか畳1枚ほどのスペースが全
てです。
伽藍の中心にあるのが仏殿。ここはこの永平寺のご本尊がおられる所です。
左に過去阿弥陀仏、中央に現在釈迦牟尼仏、右に未来弥勒仏。同じような様
式の仏様が3体並んでおられます。ひとつずつお参りします。
その奥の方にあるのが法堂。本山の貫首様が修行僧に説法をするための道場。
須弥壇中央に聖観世音菩薩がまつられています。朝課や各種儀式もここで行
われます。
右手にあるのが大庫院。この永平寺の台所。地下一階地上三階建てで、毎日
の修行僧たちの食事が作られています。もちろん食事を作るのも修行僧の役
目です。修行僧たちは修行の期間中数ヶ月ごとにあちこちの役寮を回り、色
々な仕事を体験していきます。玄関右の柱に永平寺名物・大すりこぎが掛か
っています。
ここはお参りしていて、なにか家に帰ってきたかのような、暖かさを感じる
お寺です。ゆっくりと境内を回ってからこの地をあとにします。
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