※「セキュリティ保護のため...」というメッセージが出る方・日本語が入力できない方へ


全国66ヶ国お寺巡り99(6)豊前
宇佐駅前で昼食を調達してから各駅停車に乗り、中津で降ります。ここから 耶馬渓方面行きバスに乗り、青の洞門の所で降ります。時計を見ると14時半 です。 ここは菊池寛の小説「恩讐の彼方に」の舞台です。ただこの小説で一般に思 われている話と実話は幾つかの点で異なっています。 まずこの山国川の増水は自然のものではなく、河川工事が政争の犠牲になっ て途中で放置されてしまったために起きたものです。それから村人たちは、 この大事業が可能だと確信した時点でかなり協力的になりました。そして、 そもそも禅海上人は殺人を犯して逃げて来た人ではありませんでした。あれ はあくまで小説であって、菊池寛は実話に色々と話として盛り上がる要素を 組み込んで、感動の物語に仕立てたのです。 その禅海上人は今から行く羅漢寺に埋葬されています。 羅漢寺は山の上の寺です。歩いて登ろうとすると、かなり険しい道を歩くこ とになりますが(殆ど登山)、幸いにもリフトがあります。これはスキー場の リフトのような簡易なものですが、お陰で楽をすることができます。 けっこう冒険でもしている気分になってリフトを降り立ちますが、降り立っ たところも、険しい崖の途中という感じです。大化元年の開基ですから1350 年の歴史のある古刹ということになります。 開いたのはインド僧の法道で、金銅の観音仏一体を安置。その後山岳宗教の 拠点として多くの修行者たちがここで活動しました。1337年に円龕照覚禅師 が16羅漢,500羅漢像を安置して、羅漢寺という名前に改め臨済宗になります。 その後1600年に曹洞宗に変わって現在に至ります。 禅海上人は新潟県の高田の出身。両親に死別したことから世の無常を感じ、 僧になりました。諸国を行脚する内に、山国川に落ちて人が亡くなった所に ちょうど行き会い、その時ここにトンネルを掘ることを思い立ちました。 当初は自分で掘っていましたが、1〜2年もする内にその熱意にほだされた 村人たちが協力をはじめ、人手が増えてくると禅海上人自身はどちらかとい うと作業には足手まといになるので、托鉢に回り、集まったお金で石工を雇 って作業を進めさせました。そしてこの大事業は完成までに30年の歳月が 掛かっています。 羅漢さまや地蔵さまたちに挨拶し、またリフトで下に降ります。 禅海上人たちが掘った洞門は今は川沿いに残されており、現在の国道はもっ と内側に新たに掘られたトンネルを通っています。時刻は16時。このまま中津 に戻り、JRで小倉方面に出ます。小倉で新幹線に乗り換え博多へ。そのまま 在来線特急に乗りつぎ玉名で降ります。20時。今日はここの温泉街に泊まります。