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←↑→ 全国66ヶ国お寺巡り99(2)薩摩


  鹿児島県は66ヶ国では西側の薩摩(さつま)と東側の大隅(おおすみ)に分かれ
  ます。地図的にいえば左側が薩摩で、右側が大隅。それぞれの南半分は薩摩
  半島・大隅半島になっています。もっともこの地の大名として有名な島津氏
  の領土は800年前から薩摩・大隅両国にまたがっていましたので、この区分
  けは純粋に地理的なものと考えた方が良さそうです。

  今日の最初の目的地は鹿児島市の隣の吹上町にあります。朝早くホテルをチ
  ェックアウト。山形屋バスセンターから6:40の加世田行きに乗り1時間半で
  吹上町の中心部・井作に降り立ちました。ここから30分ほど歩きます。まだ
  旅の初めなので元気です。

  着いたところは同町田尻の中島常楽院。山号は正法山。天台宗の名刹です。

  その昔伝教大師最澄が比叡山に806年根本中堂を建てた時、九州の琵琶法師が
  数人、琵琶の演奏により土地の神を祭る儀式を行いました。これに平城天皇
  が感動し、その縁で彼らは同年天台宗に帰依したといいます。その一人満正
  院阿闍梨は京にとどまり、近江逢坂山に正法山妙音寺常楽院を建立して、こ
  こで妙音十二楽を確立しました。(「地神盲僧根源」「盲僧由来記」←文献
  名なのでそのまま出しました。)百人一首で有名な蝉丸もこの寺の僧です。

  400年ほど後、源頼朝の乳母の孫・惟宗忠久が1185年に島津庄に入り地名に
  ちなんで島津姓を称しますが、この時忠久に従って、常楽院の僧・宝山検校
  が祈祷僧として一緒に薩摩に行き、この地に妙音天尊像を安置して一宇を建
  てました。これが現在の中島常楽院の起こりですので、このお寺も島津家と
  同様800年の歴史を持つことになります。

  このように琵琶演奏で土地の神を鎮めるというものは一説ではインドで始ま
  ったものとされ、かつては九州を中心にいくつかの流れがあったようですが、
  (小泉八雲の小説に出てくる芳一もこの系統の人でしょう)現在では、この
  常楽院系の薩摩琵琶と、同じく根本中堂の地鎮祭に参加した玄清法印が建立
  した福岡市の成就院系の筑紫琵琶が2大流派となっているようです。その根
  本には天台の教えや陰陽道、また民間呪術などの要素が入っています。

  なお、常楽院はその後1619年に鹿児島城下に移転し、この地は別院とされま
  した。本院の方は更に何度か移転を重ね、現在は宮崎県日南市飫肥にありま
  す。しかし今でも毎年10月12日には大勢の琵琶法師がこの地に集まり、妙音
  十二楽を演奏して、宝山検校を偲んでいます。(本院を鹿児島県に戻そうと
  いう動きもあるようです)

  お参りをしてから近くの下田尻のバス停に行き、伊集院方面のバスに乗りま
  した。伊集院駅前で時計を見ると10:45でした。




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