■牛頭天王■
牛頭天王も色々な要素が合体していてよく分からない仏様ですが、元々は牛
の神様で、京都では公家たちが牛車を使っていたため、八坂の地に牛頭天王
を祀る祠が作られたのではないかとも思われます。同じ地に祇園寺と八坂神
社もあったため、平安時代の御霊会・祇園会などを通じて次第に習合してい
ったのでしょうか。八坂神社は元々は高麗系の八坂氏の氏神で農耕神だった
ようですし、祇園寺は天神・婆利菜女・八王子を祀る寺だったようです。
この習合の過程の中で、牛頭天王は祇園会で祓う対象としての疫神と考えら
れるようになり、また一方ではその本体は須佐之男命であると考えられるよ
うになっていきました。その場合、婆利菜女は櫛名田姫であるとします。ま
た先代旧事本紀のように、牛頭天王は大国主命であるとの説もあります。
祇園牛頭天王縁起では、牛頭天王は須弥半腹の豊饒国王武塔天王の太子で、
7歳にして身長7尺5寸、頂に3尺の牛頭があり、また3尺の赤角もある。
長じて王位に付き、牛頭天王と称え、山鳩のお告げで大海中の婆竭羅竜王宮
に入り、第三婆利菜女を娶り、八王子を生んだ、とされています。
また別の説では、牛頭天王はインドの九相国・吉祥園の王で祇園精舎の守護
神であったとの説も聞きます。
牛頭天王は全国の八坂神社・祇園神社・津島神社で祭られています。
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