心への旅(16)マンダラ

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ユングはフロイトと訣別した後、激しい精神不安に悩まされましたが、その状
態から少しずつ回復していく最中、たくさんの幾何学的図形を書き留めていま
す。これについてユングはこう語っています。

「この頃その手の図形をどれだけ書いたかは分からない。ともかく沢山だった。
それらを描いている間、疑問が繰返し生じて来た。この過程はどこへ導かれる
のであろう? このゴールはどこにあるのだろう」(ユング「自伝」)

しかしやがて彼はその意味をつかみ掛けます。

「私が従って来た全ての道、私の踏んできた全ての段階唯一の点、すなわち、
中心点へと導かれていることが分かった。この図形は中心であることが段々と
あきらかになってきた」(同書)

彼はその図形を書くことで心が統合されていく感じがしました。又彼自身、
色々な患者の治療をしている際に、患者が治癒への道を歩み始めた頃にやはり
同じ様な図形を憑かれたように書くことがあることも発見します。

ユングはこの不思議な図形群についてあまり公表せずに慎重に研究をしていま
したが、やがて彼はそれが東洋で「曼陀羅」として知られる図形に非常に似て
いることに気付きました。これに関して彼が書いたのが「黄金の華の秘密」で
すが、その中に患者が描いたものとして掲載されているマンダラの中に実は、
ユング自身が描いたものも含まれていたということです。

マンダラは、そのように絵として現れるだけでなく、例えば箱庭療法などでも
箱庭の中の物の配置にマンダラ的なものが現れることもあります。マンダラが
現れる時というのは患者にとって、いい意味にしろ悪い意味にしろ転換期とな
る時期で、ユングのようにそれを統合の象徴としてそこから回復して来る人も
あれば、最後の砦として現れたが持ち堪え切ることができず、人格の破壊への
道へ進んでいく人もいます。

いずれにせよマンダラはその人自身を表現したものであり、一種の「自己」の
象徴になっています。ユングが「中心」だと感じたというのはそれが「自己」
に他ならなかったからでしょう。

マンダラはユング派の人たちの間では当然研究されていましたが、今日のよう
に多くの人が知ることになったのは1960〜1970年代に起きた2つの出来事の為
でしょう。

一つがベトナム戦争。悲惨な戦いに駆り出されたアメリカの若者達は逃避の為
薬物に走り、その薬物体験の中で彼等はやはりマンダラを見たのです。

また一つが中国のチベット弾圧です。この政治的抑圧により多くのラマ僧がア
メリカに亡命し、彼等がチベット密教とともに曼陀羅を持って来ました。

マンダラは「マンダ」+「ラ」と考えられます。「マンダ」は「髄」を表わし
ます。いわゆる醍醐味です。そして「ラ」は所有の意味ですので、「マンダラ」
とは本質心髄を持っているという意味になります。まさにこれは心の中心点で
あり、「自己」に他ならないと考えることができます。

患者の描くマンダラは対称的な図形が多いようですが、たいていどこかで対称
性が崩されています。実際我々が絵を描くときも、完全に対称な絵というのは
描きませんし、建築などでも完全に対称な建物はまずありません。逆に完全に
対称なマンダラを描く患者は相当の重症であると言われます。

余談ですが、著者名を忘れてしまったのですが「鏡の国のアリス」というSF
小説がありまして(ルイス・キャロルのではない^^)、この中で完全左右対称
の風呂屋というのが出てきて、その物語の主人公の男性はこのお風呂屋さんの
湯船に浸かってぼんやりしていたら、いつの間にかそこが女湯になっていたと
いう経験をします。そして彼の見るもの全ての文字が鏡文字になっていました。
彼は左右対称の風呂屋さんのお蔭で異世界に飛ばされてしまったのです。。。
というお話なのですが、この本の中で著者は、古来より人類は完全対称な建物
というものを避けて来た。完全に対称な建物には魔が宿るとされたからである。
実際、完全対称な建物の中で人が消えるということがよくあったのではないか、
と書いています。

マンダラそのものについては、またその内ゆっくりとどこかで書きたいのです
が、表現形式として3種類あることだけ述べておきましょう。

ひとつは有名な胎蔵曼陀羅・金剛界曼陀羅のように紙や布のような平面の媒体
に書かれたもの。ひとつは例えば東寺講堂のように多数の仏像の配置によって
作られた立体曼陀羅。そしてもうひとつはチベットなどで祭祀の際に作られて
終ると消される、地面に描かれた砂マンダラです。

いづれの場合も、ひとつのマンダラはひとつの宇宙を表わしているということ
ができるでしょう。
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