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ラジウム発見(1898)
1898年12月26日 キュリー夫妻がラジウムを発見する。
マーニャ・スクロドフスカは1867年11月7日ポーランドのワルシャワに
生まれました。当時ワルシャワはロシアの支配下にありました。
1891年24歳の時にパリに出てきてパリ大学に学びます。この頃から名前
をフランス風に「マリー」と自称したようです。やがて先輩研究者であ
るピエール・キュリーと結婚、1897年娘のイレーヌが誕生します。彼女
も後にノーベル化学賞を受賞しています。
そして1898年ラジウム発見。この功績により夫妻は1903年ノーベル物理
学賞を受賞します。しかし1906年ピエールが交通事故で死去。それにも
めげずに更に研究を続けたマリーは1910年ポロニウムとラジウムの分離
に成功。この功績により1911年ノーベル化学賞を受賞しました。
ノーベル賞を2度受賞したのは彼女だけだと思います。
マリーは1934年7月4日、白血病のため亡くなりました。長年、必ずしも
充分な遮蔽をしない状態で放射性物質を取り扱っていたためと思われま
す。また当時は放射性物質の危険性についての認識がそんに高くなかっ
たのかも知れません。しかし彼女は危険性を知っていても、その危険を
顧みることなく人類のために献身的に研究を続けたのでしょう。
マーニャ・スクロドフスカや彼女の半世紀前に活動したフリーデリック・
ショパンなどは亡き祖国への複雑な思いを胸に激しい生き方をしました。
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