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ポンペイ最後の日(AD79)
AD79年8月24日昼頃。ローマ帝国。ナポリ近郊のヴェスヴィオ火山が突然噴火し 大量の火山灰を撒き散らかして、ふもとの町ポンペイ(Pompeii,インドのボンベ イと混同しないように ^^ )を埋め尽くしました。ポンペイにつもった火山灰の 厚さは14mにも達し、町は発掘される18世紀半ばまで静かに眠り続けます。 まだキリスト教が入ってきてない時代のローマの町をそのままに保存して。 ポンペイは紀元前8世紀頃にイタリアの先住民族によって作られた町です。その 後交通の要所として各地の民族が干渉し、やがてローマ領になりました。当時 はローマの貴族の保養地として賑わっており、1万数千人の人々がいたとされ ますがその内2000人ほどが逃げ遅れて犠牲になりました。 ポンペイの町の発掘は1748年に始まって今なお作業が続いていますが、そこに は有名な「ディオニュソスの秘儀」ほか多数の美しい壁画も見つかっており、 また水道管、洗濯桶、選挙広報などなど多数の生活のあとも出土しています。 1880年、ヴェスヴィオ火山の登山電車の会社は客寄せのため「フニクリ・フニ クラ(Funiculi-Funicula,登山電車という意味)」という歌を作りレコードにし て発売しました。この歌は大ヒットし、当時としては驚異的な1万枚ものセー ルを記録しました。 Jammo, jammo, 'ncoppa jammo ja'... Jammo, jammo, 'ncoppa jammo ja'... Funiculi'- funicula' funiculi'- funicula'.. 'Ncoppa jammo ja', funiculi'- funicula'... 【 http://www.nxd.it/CANZNA/DOC224.HTM より引用】 ボンベイを描いた映画も早い時期から作られています。私が把握している中で もっとも古いものは1897年イギリスの作品で、むろん無声映画です。その後 何作もいろいろなスタッフの手で作られていますが「ポンペイ最後の日(The Last days of Pompeii)」というタイトルは踏襲されているようです。 1938年画家のポール・デルヴォーはこの地を訪れ、その印象をもとに大作 「ポンペイ」を描きました。時間の停止したかのようなローマの町に女たちと 幾人かの少年たちが描かれ、不思議な世界を形成しています。 日本にも「日本のポンペイ」と呼ばれるところがあります。木曽の奥地「帰雲 城(かえりくもじょう)」跡がそうです。天正13年(1585)11月29日23時ころ、 マグニチュード8クラスの直下型地震により山が崩壊、その土砂が城下町をま るごと飲み込み、数千人の人が生き埋めになってしまいました。ここは内ヶ島 氏の領地で、内ヶ島氏が掘っていた時価3000億円ともいわれる金塊とともに、 人々は今も埋もれたままになっています。
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