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王貞治の55号ホームラン(1964)
1964年プロ野球のセリーグで巨人の王貞治一塁手が年間55本のホームラン記
録を達成しました。
昨年大リーグではマーク・マグワイアが70号、サミー・ソーサが60号ホーム
ランを打ちましたが、日本ではこの昭和39年の王貞治の55号が現在でも年間
最多本塁打記録になっています。1980年に近鉄のマニエルがものすごいペー
スで本塁打を打ち、王の記録を更新するのは確実....と誰もが思っていたら
デッドボールで骨折し、リタイアを余儀なくされて、48号に留まりました。
ちなみに2位は1985年の阪神のバースの54号、3位は1985年のロッテの落合
と1963年の南海(現ダイエー)の野村克也の52号です。
(ついでにいえば、野村が南海監督としてパリーグ優勝を果たしたのが1973
年。この年は巨人のV9の最後の年です。1999年は色々なものの決算が出る
年になりそうです。)
さて、王貞治の経歴については、わざわざ語るまでもないと思います。
1940年5月20日・東京生まれ。早稲田実業で甲子園に4回出場。特に高2の春
は、ピッチャーで4番の大活躍で同校を甲子園Vに導きました。川上哲治が
現役を退いた年に巨人に入団。当時の新聞記事には「川上の引退は巨人にと
って大きな損失だが、その穴はきっと王が埋めてくれるだろう」と書かれて
います。
しかし、王は当初なかなか芽が出ませんでした。その新聞記事に書かれたよ
うに、川上が守っていた1塁を守ることになるのですが、全くヒットが打て
ません。しかし川上は彼を我慢して使い続け、とうとう26打席ノーヒットの
あと、1959年4月26日、やっと出たプロ初ヒットが彼の第1号ホームランでし
た。その後の彼のバッティングの性格を象徴するようなできごとでした。
しかしその後も打撃が低迷していた中、運命の師・荒川博に出会います。彼
は王の打撃のタイミングの取り方のまずさに注意し、これを改善するために
極めて非常識な「一本足打法」をやらせます。これが見事に当たり、4年目
の1962年、いきなり年間38本のホームランを打って、本塁打王のタイトルま
で獲得しました。彼はその後13年間、このタイトルを他人に譲りませんでし
た。(1975年に阪神の田淵に破られる。しかし1976-1977は奪還)
そして1964年の輝かしい55号ホームランのほか、現役中に打ったホームラン
の総数は868本。ちなみに通算ホームランの上位5人は下記の通りです。2位
以下に大きく差を付けています。
1.王 貞治 868本 28312試合
2.野村克也 657 30173
3.門田博光 567 25714
4.山本浩二 536 22845
5.落合博満 510 22366
なお、現役最多はダイエー秋山の415号、次が巨人清原の395号です。
それから余談ですが、この王の55号ホームランにちなんで名前をつけてデビ
ューしたお笑いのコンビが、萩本欽一と坂上二郎の「コント55号」でした。
(1999-09-22)
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