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↑ ニセ秘宝展(1982)


1982年8月28日。東京日本橋の三越百貨店本店で開かれていた「古代ペルシ
ャ秘宝展」の展示品にかなりのニセ物が混じっていたことが判明しました。
ここに始まった三越事件はこのあと岡田茂社長が愛人の竹久みちの経営する
「アクセサリーたけひさ」に不当な利益を与えていたり、自宅の改修費用に
会社の金を流用していたりした問題まで出てきて社長解任へと激震が広がっ
ていきます。

あとから分かったことによりますと、この「古代ペルシャ秘宝展」は国際美
術(渡辺力社長)の主催したものですが、その出品作のほとんどは渡辺社長が
ネジャトラ・サカイらサカイ3兄弟から買ったものでした。サカイ兄弟は
「海外ルート」と「国内ルート」でこの品物を集めています。

「海外ルート」はロンドンなどで出回っていたものを集めたものですが「国
内ルート」は東京都内の骨董店「無尽蔵」から買ったもので、そのうちの6
点に関しては横浜の彫金工が『自分が作ったものだ』と証言しており、この
彫金工が千葉県の古美術商に売ったものを無尽蔵が買い、それがサカイ兄弟
に売られていたことまで突き止められました。サカイ兄弟は国際手配され、
うちネジャトラ・サカイのみがアメリカで捕まっています。

「アクセサリーたけひさ」の問題は三越が海外から仕入れたアクセサリーの
一部を実際は直接輸入したのにも関わらず同社を通して購入したかのように
書類を作り「アクセサリーたけひさ」に不当な利益を与え(結果的に三越に
損害を与え)ていたこと、また「アクセサリーたけひさ」の商品であまり売
れそうにないものを三越がわざわざ仕入れていたことなどが明らかになりま
した。当時竹久みちは『三越の女帝』と呼ばれ役員でさえもその声に逆らえ
ないほど社内に暗然たる影響力を行使していました。

これらの事実が明らかになる中、老舗三越を愛する社員の中から経営刷新を
求める声が出始めます。そして同年9月22日の取締役会。突然岡田社長解任
の動議が出され、その場で岡田社長は当事者として議長を外されて採決。
16対0で岡田社長の解任があっという間に決まり、岡田は「なぜだ!」と叫
びます。

その後岡田および竹久は19億円の特別背任の罪に問われ最高裁まで争われま
す。(地裁・高裁では両者有罪)。が、その途中で岡田は1995年7月20日死亡
して公訴棄却。竹久だけに絞って公判が続けられて1997年10月上告棄却。懲
役2年6月、罰金6000万円の実刑判決が確定して竹久は収監されました。

三越は元々伊勢松阪の呉服屋「越後屋」を起源とします。江戸時代にその当
主の三井高利が江戸に進出。それまでの呉服店がみなお得意さま回りをして
掛け売りで呉服を販売する方式であったのに対して、店舗に商品を並べて現
金売り方式で、しかも端切れ一枚でも売るという非常に画期的なやり方で販
売を始め、「自分たちでも大店(おおだな)で買い物が出来る」と庶民の圧倒
的な支持を得ます。

この時の高利の戦略は巧みです。彼は最初大店が多数並んでいる所に店を出
しました。これにより三越は人々に「大店のひとつ」と認識されます。そし
て、庶民の圧倒的な支持を受けるとともに、他の大店から執拗な嫌がらせを
受けるようになった所で、さっと現地・日本橋に移転してしまいました。客
は移転先にちゃんとついてきてくれました。これが最初から日本橋に店を出
した場合に果たして三越が成功したかどうかは不透明です。

その後越後屋は大量の小銭を処理する必要から隣に両替屋も併設。明治時代
に呉服店は三井+越後で「三越」に発展、両替屋は三井銀行(現さくら銀行)
になりました。そして戦後の財閥解体によって三井家の手からは離れますが、
社長になると自動的に筆頭株主になって強大な権限が手に入るシステムを取
っていたことがこの事件を起こしたとも言われます。

岡田氏は若い人向けの巧みな販売戦略と豊かなアイデアで注目されて昇進を
重ね、58歳で社長の座まで上り詰めました。会社というものは何でも民主的
に運営されればいいという代物ではなく、彼のような強力なリーダーシップ
を発揮するタイプの指導者も必要です。しかしそれは当然表と裏があって、
強力な指導者というのは裏を返せば独裁者でもあります。華々しい業績をあ
げる裏には当然判断ミスによって後から見たら馬鹿なと言われるようなこと
もしてしまうもの。「不透明な時代」と言われた時代に老舗三越を引っ張っ
てきた彼の力は充分に評価してよいものですがやや引き際を誤ったのかも知
れません。

「万骨功成って一将枯る」とは岡田が一審の判決後記者会見で語った言葉。
彼としては、三越のために身を削って頑張ったのになぜこんな仕打ちを受け
るのかという思いがあったのでしょう。


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