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↑ ドナルド・ダグラス(1892-1981)


DC-3などの航空機の制作で知られる、ダグラス社の創立者ドナルド・ダグラス
(Donald Wills Douglas) は1892年4月6日アメリカのニューヨーク・ブルックリン
で生まれました。家はスコットランドからの移民の一族で、お父さんは銀行の
副支配人でした。

地元の学校から、はじめアナポリスの海軍兵学校に進学しますが、ここで専ら
航空機の模型ばかり作っていたといいます。やがて飛行機への夢を実現する為
兵学校を中退。技術面を学ぶためにMIT(マサチューセッツ工科大学)に入り直し
ました。ところが彼はあまりにも優秀であったため、わずか2年で卒業という
ことになり、そのままMITの教官になりました。

そして1915年にはコネチカット航空のコンサルタントとなり、更にグレン・
マーティン(Glenn Martin,1886-1955)の会社に移りました。実はこのマーティン
の会社というのはアメリカの航空産業のルーツのような会社であり、William 
Boeing(1881-1956), James McDonnell(1899-1980) も実はこの会社の出身です。
なお現在はこの会社はロッキードに吸収されて「ロッキード・マーティン」に
なっています。

ダグラスはマーティン社の主任技術者を経て1920年7月22日に独立してカリフォ
ルニアのサンタモニカにダグラス社を設立しました。ここは現在航空博物館に
なっていてダグラスの執務室などを見学することができます。しかし当初すぐ
には飛行機の注文などなく、彼は畑でじゃがいもを作って家計を支えていたと
いいます。彼に最初に注文をくれたのはDavid R. Davisという人で彼はこの
会社の運転資金なども提供してくれました。そのためこの会社は一時 Davis-
Douglas社になっていたのですが、Davisはすぐに会社の経営に飽きてしまった
ため1921年7月Douglas社に戻りました。

なおボーイング社は1916年、マグダネル社は1928年の設立です。

ダグラスは初めは貨物用の短距離の飛行機を制作していましたが、1924年には
米軍の世界一周企画用にDouglas World Cruiserを制作。これはその後につな
がる大きな経験になりました。この時期はもちろん双葉機です。

DCシリーズの最初の製品であるDC-1は大西洋無着陸横断で有名になったCharles
Lindbergの意見を採り入れ、後にNorth American航空に移ることになるDutch 
Kindelbergerが中心になって制作されたもので、1933年7月1日に初飛行しました。

これは初めて座席全体を金属で完全にカバーし翼も金属で作ったフルメタル製
の単葉機で、その後の航空機の原形ともなったものです。ダグラス社はその後
1934年にDC-2, 1935年にはDC-3の制作を行いました。このDC-3の制作にはダグ
ラス自身が深く関与したとされます。この航空機はたいへんな名機でセールス
的にも成功し、最近で言えばボーイングのB747のように、当時の航空市場を
ほぼ独占してしまいました。

DC-3は日本でも戦時中は輸送機として使用され、戦後も旅客機として活躍し続
けました。日本ではもう旅客機としては使用されていませんが、それでも多数
飛び続けているようです。国によってはまだ客を乗せて飛んでいる国もあると
思われます。その後制作されたDC-4と合わせて航空ファンには人気の高い機種
です。

ダグラス自身はこの他第二次世界大戦中には超大型爆撃機B-19の制作にも関わ
っています。(Bが付いているがボーイングではなくダグラスである。このB-19
はあまりにも巨大すぎて、量産ベースでは製造できなかったらしい)

戦後ジェット機時代になると航空機の市場はボーイングが席巻するようになり
ダグラスのDC-8,DC-9,DC-10といった製品は、DC-8が「空の貴婦人」と呼ばれる
などファンには好評でもセールス的にはどうしてもボーイングに次ぐ二番手以下
のものとなってしまいました。その中でも1980年代に開発されたDC-9 Super80
シリーズは非常に好調な売れゆきを示しましたが、この売れすぎがこの会社を
行き詰まらせることになります。

急成長した企業でよくありがちな、売れすぎによる回転資金の枯渇が災いして
同社は1983年マグダネル社に吸収されることになりました。このためこれ以降
DC-9 Super80 は MD-80 と呼ばれるようになります。

。。。。というのが私が最初聞いていた説ですが、実際に買収された時期は
調べてみると1967年のようです。となると、この話と矛盾してしまうのですが、
もしかしたら1967年にマグダネルの資金が導入されて、1983年に完全に吸収
されたのかも知れません。このあたりの事情はよく分かりません。

なお、このマグダネル・ダグラス社は更に1997年にはボーイング社に吸収され、
1920年代にマーティンから独立して歩み始めた3つの企業がひとつにまとまっ
てしまいました。現在世界の大型航空機市場はこの合併したボーイングとヨー
ロッパのエアバス社との競争になっています。

なおドナルド・ダグラスは1981年2月1日に亡くなりました。


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