シュールレアリズムの画家ポール・デルボー(Paul Delvaux)は1897年9月23日ベルギーのアンテートで生まれました。
父は弁護士で初め建築家への道を歩みますが途中で画家に転向。22歳で美術学校に入り、1924年に初めて美術展に出展します。
1932年スピッツナー博物館の展示物(衛生学の解説のための人体模型)を見てショックを受け「眠れるビーナス」を描きますが、この作品はすぐに本人が破棄してしまいました(*1)。1934年頃からはデ・キリコの影響を強く受けはじめ、このあたりから今に見るようなデルボーの古代ギリシャ風、都市と鉄道、シレーヌ(英語で言えばサイレン)たち、といった独特のテーマと画風が確立していったようです。
彼の作品の重要な登場人物リーデンブロック(眼鏡の学者)が初登場するのは1939年の「月の位相」シリーズ第一作。1942年には代表作のひとつ「人魚の村」が描かれます。彼の作品に出てくる人魚(シレーヌ)は古典的な絵画に登場する人魚のようにその下半身の魚形態を顕していません。着衣であり、それは普通の女のように見えますが、不思議なインパクトがあります。
鉄道が多く登場するようになるのは1946年(49歳)頃からで特に1954年以降が著しくなります。有名な「鉄の時代」は1951年の作品です。
彼の作品は遠近法をわざと崩した奇妙に歪んだ空間の中に、よく見るとあり得ないような鉄道の線路があったり、そこに無表情の裸体の女たちがいたり、独特の緊張感を持った時空を作り上げています。同じシュールレアリズムとはいっても、ダリやマグリットとはまた違った性質を持っています。それはいかにも狂気のように見えて、よくみると正常な神経の中に踏みとどまっているのです。それは初期の「レースの行列(1937)」から70歳をすぎてからの力作「ポンペイ(1970)」付近に至るまで一貫しています。彼の絵は悪夢の中のワンシーンのようであって、なぜかその画面を見ていて心の安らぎを覚えます。
日本では知名度が低かったようで最初に日本国内でデルヴォー展が開かれたのは1975年のことです。私も実は新聞の日曜版か何かで「ジュール・ヴェルヌへのオマージュ(1971の作品,見たのは1980頃??)」を見るまでこの画家を知りませんでした。
1994年7月20日老衰により死去。享年96歳。
---------(*1)現存する「眠れるヴィーナス」は1944年の作品で当時のものとはヴィーナスのポーズもタッチの雰囲気もまるで違っています。当時のはもっと無機的です。