パブロフ(1849-1936)

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「パブロフの犬」で知られる条件反射の発見者イワン・ペトロヴィチ・パブロフ(Иван Петрович Павлов)は1849年9月14日(ユリウス暦)にロシアのリャザンで、村の牧師ピョートル・ドミートゥリエビッチとバルバラ・イワノブナの間に、11人きょうだいの長子として生まれました。

小さい頃、塀から落ちて大怪我をして11歳になるまで学校にも行くことができず自宅で療養していたといいます。リャザンで初等教育を受けた後いったん神学校に入りますが、途中でサンクトペテルブルクに出てペテルブルグ大学に入学。物理学と数学を学びますが、ここで生理学に関心が移り、外科医の専門学校に移り、ツィオンという人の助手になって外科手術の技術を学びます。その後獣医部門での研究なども経て1883年に博士号を取得しています。

その後ドイツのライプツィヒで1886年まで学んだ後帰国しますが、なかなか適当な職に就くことができず苦労します。結局1890年に軍医学校の薬学教授の地位を得ました。このドイツ留学をしていた時に、犬の唾液の研究に関わっており、唾液腺を体外に導出して研究する手法を学んだようです。

1902年に、犬の唾液の研究をしていた時、犬が餌を食べる以前に、餌係の助手の足音を聞いただけで唾液を分布することに気付き、この問題について研究を重ねて「条件反射」の理論を構築するに至ります。1904年に初期の消化腺に関する研究でノーベル賞を受賞しますが、この受賞講演で彼は消化腺の話はそっちのけで、新しく発見した条件反射のことばかり話し、大いに注目を引きました。

彼は後に、この条件反射というのが、実は生物の行動を決定する基本なのではないかと考え、やがて生物の行動は全て反射によって定まるという、唯物論的心理学の世界を構築していきます。人の意志や感情なども実は様々な条件反射の複合なのではないかと考えた訳です。

今となって見れば無茶な考え方ですが、当時の全てを物理的に割り切ろうとする科学界の風潮の中では、随分信奉者が出たのではないかと思われます。レーニンも彼の考え方に随分同調したらしい。1936年2月25日肺炎により死去。

(2013-09-13)Dropped down from 今日は何の日.


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